本記事では、所得税法における有利発行課税に関する最新の裁判例として注目を集めている東京地裁判決(令和4年12月21日、令和3年(行ウ)第140号)について概説します。

事案の概要

本件は、債務超過に陥った事業再生ADR中の上場会社に対し、創業者である大株主(原告)が貸付債権の現物出資及び金銭出資(いわゆるDES, Debt Equity Swap)を行う株式引受契約を締結し、新株を引き受けたところ、株式の有利発行に該当するとして課税された事案です。原告の株式引受価額が1株134円であったのに対し、払込日の上場株価は414円と大きな乖離があり、その差分が課税対象となりました。

原告は国税不服審判所に不服申立をしましたが認められず(東裁(所)令2第24号・非公表裁決)、その後、東京地裁に所得税更正処分等取消請求の訴えを提起したものです。原告の請求は棄却され、控訴棄却(東京高判R5.8.21)の後、現在は上告受理申立て中となっています。

争点① 有利発行の該当性

所得税法における株式の有利発行とは、「株式と引換えに払い込むべき額が有利な金額である場合における当該株式を取得する権利」(所得税法施行令84条5号)を指します。これに該当する場合、「払い込むべき額」と実際の払込み額の差額が収入金額として所得税の課税対象となります。

有利発行の解釈について、所得税基本通達23~35共-7は以下のように定めています。

令第84条第3項第3号に規定する「株式と引換えに払い込むべき額が有利な金額である場合」とは、その株式と引換えに払い込むべき額を決定する日の現況におけるその発行法人の株式の価額に比して社会通念上相当と認められる価額を下る金額である場合をいうものとする。
(注)
1 社会通念上相当と認められる価額を下る金額であるかどうかは、当該株式の価額と当該株式と引換えに払い込むべき額との差額が当該株式の価額のおおむね10%相当額以上であるかどうかにより判定する。
2 株式と引換えに払い込むべき額を決定する日の現況における株式の価額とは、決定日の価額のみをいうのではなく、決定日前1月間の平均株価等、当該株式と引換えに払い込むべき額を決定するための基礎として相当と認められる価額をいう。

所得税基本通達23~35共-7

本件では原告は、当時の発行会社の財政状態に鑑みれば、市場価格による株式発行の引受先を発見するのは現実的とはいえず、市場価格から大幅なディスカウントによる第三者割当増資はやむを得なかった旨を主張しました。

これに対し裁判所は、基本通達の判定方法は「市場価格(終値)が異常な値動きにより一時的に形成されたものであり、これを払込価額の決定の基礎とすることができない特段の事情がない限り、(中略)謙抑的な判定方法であるということができる。」と判示しました。そして「特段の事情」の有無にあたっては、「(原告の)財政状態、経営成績、事業の見通し等に照らし、本件参照期間における原告の終値が、異常な値動きにより一時的に形成されたもの、すなわち、当時の株式市場の合理的な期待を反映したものとしておよそ説明することができないものといえるか否かを検討すべき」との規範を立てました。そして、本件における株主総会での決議の過程などに対して具体的な検討を行った上で、本件については「特段の事情」無しとしました。

争点② 収入金額

原告は、収入金額の算定にあたり、株式売却によるマーケットインパクトを考慮しないのは違法である旨を主張しました。これは、上場株式であっても大量の株式を短期で売り切る場合には、市場における需給バランスが崩れ市場価格の下落を招く(当初の終値で売り切ることは不可能)であるため、その影響を価値評価に反映すべきというものです。具体的なマーケットインパクトの割合については第三者算定機関の意見書を取得し、49.163%〜55. 583%を主張しました。

これに対し裁判所は、「金融商品の価値を評価するに際し、市場の流動性の制約により生ずるマーケット・インパクトを考慮すべきか否か、考慮するとしても、それをどのように数値として具体化して評価に反映するのかについては、明確に確立された方法があるわけでもない。」として、マーケットインパクト論の採用を否定しました。

所感と実務上の留意点

本件における裁判所の判断は所得税法および基本通達の規定を率直に適用したものですが、実際の事業再生の局面では、上場株価からわずか10%程度のディスカウントで第三者割当増資の引受先を見つけるのが困難なケースも多いと考えられます。実際、経営状況の悪化した上場会社においては、より大幅なディスカウント割合による株式発行は数多く行われていますが、その全てについて「特段の事情」の存在を納税者側で立証すべしとするのは現実的でないとも考えられ、本判決の規範に対しては疑問の声もあがっています。

とはいえ、本判決の規範を念頭に置き、事業再生DESの局面では常に有利発行課税の可能性を検討する必要があることは間違いありません。有利発行課税のおそれがある場合、単に第三者算定機関から評価書を取得するだけでは不十分であり、市場において株価(終値)が不当に高騰していることを客観的に示すための具体的な資料整理と理論武装が必須となります。

またマーケットインパクト論は、一定の説得力のある考え方ではあり、Bloomberg社のBTCA (取引コスト分析ツール) 等による定量化の試みもみられますが、未だ手法として確立されたものではなく、特に租税法の株価決定において考慮することを課税庁や裁判所に認めさせるのは容易ではない状況にあると考えられます。取引コストや市場流動性に関して更なる研究が待たれる領域といえます。

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