目次
日本企業が関わるM&A件数は長期的に増加傾向にあり、レコフデータの公表ベースの集計によれば、2025年には5,115件と2年連続で過去最多を更新しました。件数の増加とともに、対象会社の財務実態を取引の前に把握することの重要性が高まっています。
本記事では、当事務所が提供する財務デューデリジェンス(財務DD)サービスの概要を、調査の構成要素に沿って紹介します。
参考記事: M&Aにおける法務デューデリジェンス(2024年9月2日)
財務DDとは
目的
M&Aにおける財務DDの主な目的は、大きく2つあります。1つは、買収価格の判断の基礎となる数値、すなわち正常収益力(調整後EBITDA)、実態純資産、ネットデット、正常運転資本水準を算定することです。もう1つは、簿外債務や粉飾の兆候など、取引の実行にあたって対応・留意すべき財務上のリスクを発見することです。なお、本記事では、買い手の依頼により実施する財務DD(バイサイドDD)を前提に説明します。
前提として押さえておきたいのは、中小企業では、税務上の取扱いを強く意識した会計処理が採られ、企業会計上の適正な期間損益や資産・負債の評価との間に差異が生じている場合が少なくないという点です。たとえば、減価償却や引当金について、会計上必要な処理が十分に行われていないケースがあります。決算書の利益や純資産をそのまま買収価格の基礎にできるとは限らず、財務DDは、この「決算書上の数値と実態とのずれ」を把握し、定量化する作業だといえます。
会計監査との違い
財務DDは、公認会計士が担うことが多いものの、会計監査とは性格の異なる業務です。会計監査は、財務諸表全体に重要な虚偽表示がないかについて合理的な保証を得て、監査意見を表明する保証業務であり、重要な虚偽表示リスクを識別・評価して手続を設計するリスク・アプローチに基づいて実施されます。これに対して財務DDは保証業務ではなく、買い手の意思決定に必要な情報を提供するための調査です。調査範囲や重点項目は案件の目的や規模に応じて設計され、入手した資料やヒアリングを前提として実施されるため、誤りや簿外債務が存在しないことを保証するものではありません。
法務DD・税務DDとの関係
M&Aでは、財務DDと並行して、弁護士による法務DDや税理士による税務DDが、案件の規模とリスクに応じて実施されます。法務DDの内容はM&Aにおける法務デューデリジェンスで紹介したとおりであり、税務DDは法人税・消費税・源泉所得税等の税目ごとに追徴リスクを調査するものです。
このとき注意が必要なのは、領域の境目に落ちる論点です。たとえば、未払残業代は法務DDで労務管理の状況として把握され、財務DDで簿外債務として定量化されます。役員貸付金・役員借入金は財務DDと税務DDの双方に関わり、役員貸付金では回収可能性に加えて無利息・低利の貸付けに伴う税務上の論点が、役員借入金では債務の実在性や返済条件、後述するネットデット上の扱いが問題となります。株式の過去の異動履歴は、法務DDでの移転の有効性の検討と、税務DDでの譲渡価額の妥当性の検討が重なります。領域ごとに別々の専門家が調査する場合、互いに相手の領域だと思い込んで検討から漏れる「お見合い」が起きやすく、役割分担の設計が重要になります。
財務DDの構成要素
財務DDの手法について絶対的なルールはありませんが、以下のような構成要素に分けて検討を行うのが一般的です。
対象会社の理解と経理体制
DDの出発点として、対象会社のビジネスモデル、主要な販売先・仕入先、事業拠点、従業員の状況を理解します。
重要なのが経理体制の把握です。経理担当者の人数、記帳の外注状況、顧問税理士の関与度を確認し、前述の税務会計と企業会計の乖離がどの科目にどの程度あるかの当たりを付けます。また、月次決算の精度とタイミングは、後述する月次の損益分析がどこまで信頼できるかの前提になるため、初期に確認します。
損益の分析
一般に直近3〜5期の年次損益と、直近24〜36か月の月次損益の推移を分析します。年次の趨勢に加えて月次まで見るのは、季節性や、期末への売上の集中(押し込み販売や決算調整の兆候)を把握するためです。
売上高については、得意先別の内訳から特定の取引先への依存度を確認するほか、経営者個人の関係で成り立っている属人的な受注がないか、期末の売上計上時期(カットオフ)が適切かを検討します。売上原価については粗利率の推移と変動要因を、販売費及び一般管理費については役員報酬を含む人件費の内訳を中心に分析します。
正常収益力(QoE)の分析
財務DDの中核となる分析です。QoEは収益の持続性・再現性を検証する分析であり、その中心として、決算書上のEBITDA(統一された定義があるわけではなく、本記事では営業利益+減価償却費を想定します)から、対象会社が継続的に生み出せると見込まれる実力ベースの収益力(調整後EBITDA)へのブリッジを作成します。主な調整項目は次のとおりです。
- 固定資産売却損益や補助金・助成金が営業損益に含まれている場合など、一時的・非経常的な損益の除外
- 役員報酬の適正水準への修正、オーナーの私的経費、役員保険といったオーナー関連項目の調整
- オーナー一族からの賃借料や関連会社への業務委託費など、関連当事者取引の時価への引き直し
- 引当金の繰入不足や費用の計上漏れなど、収益力に影響する会計処理の修正
- 買収後に消滅または発生することが確実なコストの反映(プロフォーマ調整)
いずれの調整も機械的に行えるものではなく、個別の事実関係や継続性の検討を踏まえて判断します。また、買い手固有のシナジーや統合効果は、対象会社単独の正常収益力とは区別し、事業計画やバリュエーションの側で検討します。
正常収益力がこれほど重視されるのは、買収価格の目線がEBITDAの倍率(EV/EBITDA)で形成されることが多いためです。仮に適用倍率が5倍であれば、調整後EBITDAが1,000万円変わると企業価値の目線は5,000万円変わり、(ネットデットが変わらない前提で)株式価値にも同額の影響が及びます。オーナー企業では役員報酬や私的経費の調整だけで収益力が大きく動くことが珍しくなく、この分析の精度が価格交渉の土台を決めることになります。
なお、対象会社が事業計画を作成している場合には、その前提が実績の趨勢やQoEの分析結果と整合しているかを検討することもあります。DCF法などによる価値算定のインプットを検証する作業として機能します。
実態純資産の算定
貸借対照表の簿価純資産から実態純資産へのブリッジを作成します。資産側では、回収可能性に疑義のある滞留債権、陳腐化した在庫、遊休資産や償却不足のある固定資産、契約内容や保有方針を踏まえて解約返戻金等を基礎に評価し直す保険積立金、回収可能性を検討すべき役員貸付金などを評価替えします。これらの調整では、取引スキームや税務上の実現可能性を踏まえ、必要に応じて税効果も考慮します。負債側では、まず期末に計上されていない仕入債務や未払費用がないか(負債の網羅性)を確かめたうえで、未払残業代、退職給付債務、賞与引当金、社会保険料の未加入・未納にかかる遡及負担など、決算書に表れていない簿外債務を洗い出して加算します。
簿外債務の把握は法務DDとの連携が特に重要な領域です。未払残業代は労務管理の実態を踏まえなければ金額を見積もれず、保証債務は契約書や議事録の調査を通じてはじめて発見されることが多いためです。
ネットデット・運転資本・キャッシュフロー
ネットデットは、有利子負債から現預金を差し引いた金額を出発点として、役員借入金や未払配当のような実質的に負債と同視しうる項目や、担保に供されていて自由に使えない拘束性預金の存在を加味して算定します。係争に関する支払見込みや退職給付の不足額のようなリスク項目をデットライクアイテムとして扱うかどうかは、取引条件に応じて判断します。EV/EBITDA法やDCF法のように事業価値から株式価値へのブリッジを行う評価では、ネットデットの範囲の設定が株式価値に直接影響します。また、有利子負債については金額だけでなく、担保や経営者保証の状況(買収に伴う解除の要否)、財務制限条項(コベナンツ)の有無といった定性面の確認も必要です。
なお、未払残業代や税務リスクといった発見事項は、実態純資産の調整、ネットデット、価格調整、特別補償のいずれでも扱いうるため、どこで一度だけ織り込むかを整理しないと、二重計上や漏れが生じます。発見事項ごとに処理する場所を決めることも、財務DDの重要な役割です。
運転資本については、月次の推移から対象会社の正常な水準を把握します。この分析は、クロージング時点の運転資本の多寡で価格を調整する条項を設けるかどうか、設けるとしてどの水準を基準にするかという、契約設計の判断材料になります。
あわせて、過年度のキャッシュフローの状況も分析します。利益とキャッシュの動きが乖離していないか、資金繰りに懸念がないかに加えて、設備投資の趨勢に設備の老朽化や更新時期を重ね合わせて、事業の維持にどの程度の投資が今後必要かを把握します。EBITDAは設備投資を考慮しない指標であるため、維持に必要な投資の水準を踏まえてはじめて、倍率評価の妥当性を検討できます。
財務DDの成果物
調査の結果は、財務デューデリジェンス報告書として提供します。当事務所の標準的な報告書は、次の構成によります(案件の規模と目的に応じて、重要な論点に絞った簡易版からフルスコープの報告書まで、調査範囲と粒度を設計します)。
- エグゼクティブサマリー(調査の概要、重要発見事項、バリュエーション・インプット)
- 調査の前提(目的と範囲、実施手続、制約事項、入手資料一覧)
- 対象会社の概要(事業、経理体制、会計方針)
- 損益の分析(年次・月次の推移、正常収益力)
- 財政状態の分析(実態純資産、簿外債務)
- ネットデット・運転資本・キャッシュフロー
- その他の検討事項(関連当事者取引、人事・労務の財務影響)
- ディールへの示唆(バリュエーションへの反映、SPAへの反映)
この構成で最も重要なのはエグゼクティブサマリーです。報告書の本文は分析の裏付けとして厚くなりますが、経営者が特に重視して読むのはサマリーの数ページです。そこで、重要発見事項と、正常収益力・実態純資産・ネットデット・正常運転資本という価値算定のインプットを冒頭に集約し、サマリーだけで意思決定に足りる完結性を持たせています。
発見事項は、次の3つに区分して整理し、それぞれに金額影響(幅をもった見積りを含む)と確からしさを付します。
| 区分 | 典型例 |
|---|---|
| 価格に織り込む | QoE調整、実態純資産の評価差額、ネットデット項目 |
| 契約で手当てする | 表明保証・特別補償・クロージング条件の対象とすべき事項 |
| 取引の再考 | 粉飾の疑い、事業継続性への重大な疑義 |
数値の一覧や分析の詳細も重要ですが、経営者の意思決定に直結するのはこの整理です。発見事項が「価格の問題」なのか「契約の問題」なのか「取引そのものの問題」なのかを仕分けることで、DD報告書がそのまま交渉と契約設計の材料になります。実際には、同一の発見事項について複数の対応を組み合わせることもあります。
本文では、年次・月次の損益推移、QoEブリッジ(報告EBITDAから調整後EBITDAへの階段図)、実態純資産ブリッジ、運転資本の推移、得意先の構成といった情報を図表で視覚的に示します。また、閲覧した資料の一覧に加えて、入手できなかった資料とそれに対して実施した代替手続も報告書に明示します。財務DDは提供された資料を前提とする調査であるため、「何を確かめ、何を確かめられていないか」を明らかにすることが、報告書の信頼性を支えるためです。
財務DDと株式譲渡契約(SPA)
財務DDの発見事項の主な出口は、取引実行の可否の判断、買収価格、そして取引スキームを含む契約条件です。価格に織り込む事項は買収価格の水準に反映し、金額を確定できないリスクは株式譲渡契約(SPA)の条項で手当てします。
契約での手当てには使い分けがあります。対象会社に関する一般的な事項は表明保証でカバーする一方、DDで具体的に特定されたリスクは、買い手が知っていた事項として表明保証だけでは十分にカバーできない場合があります。買い手の認識が表明保証に基づく請求にどこまで影響するかは契約の定め方や開示の方法によって異なるため、そこに依存しない手当てとして、未払残業代や具体的な税務追徴リスクについては、特別補償や価格調整、クロージング条件により個別に手当てすることが実務上多くあります。表明保証条項の性質と限界についてはM&Aにおける法務デューデリジェンスで述べたとおりであり、財務DDの側でも、発見事項がどの条項でどう手当てされるのかを意識した報告が求められます。
報告書を提出して終わりではなく、発見事項が価格と契約に反映されるところまでを見届けることが、財務DDの価値を決めるといえます。
ロジットパートナーズ法律会計事務所のサービス
当事務所では、M&A支援において、幅広い業態・規模の財務DD・税務DDに対応しています。当事務所には弁護士・公認会計士の双方の資格を持つメンバーが在籍しており、財務DDと法務DDを分断なく設計・実施できることが特徴です。本記事で述べた領域の境目に落ちる論点の見落としを抑え、発見事項を価格調整や表明保証・特別補償といった契約条項への反映まで一貫して検討します。
また、小規模な案件では、財務・税務・法務を統合した統合DDとしてワンストップで実施することも可能です。領域別のDDを個別に行う場合に比べ、意思決定の最適化、コストの削減、迅速なディール実行の観点からメリットが期待できます。
関連サービス
関連記事
2025年10月14日
育児・介護休業法の10月施行分と規程整備
改正育児・介護休業法のうち、2025年10月1日施行分が施行されました。柔軟な働き方を実現するための措置と、仕事と育児の両立に関する個別の意向聴取・配慮が、事業主の義務になります。
2025年1月31日
所得税法における有利発行課税適用の事例
本記事では、所得税法における有利発行課税に関する最新の裁判例として注目を集めている東京地裁判決(令和4年12月21日、令和3年(行ウ)第140号)について概説します。
2024年9月2日
M&Aにおける法務デューデリジェンス
日本企業が関わるM&Aは、レコフデータの公表ベースの集計で2025年に5,115件と2年連続で過去最多を更新するなど、長期的な増加傾向にあります。