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M&Aの最終契約(株式譲渡契約等)には、売主が買主に対して、対象会社や株式に関する一定の事実が真実かつ正確であることを表明し、保証する条項(表明保証条項)を置くのが通常です。表明保証条項の内容と範囲は、M&A成立後の当事者間の紛争を大きく左右します。
上場会社が関わる大型案件だけでなく、中小企業のM&Aでも表明保証条項は標準的に用いられるようになっており、中小M&Aガイドラインも、最終契約で取り決める主要な内容の一つとして表明保証条項・補償条項を挙げています。本記事では、表明保証条項の機能と対象事項、補償条項・DDとの関係、売主・買主それぞれの交渉上の視点を整理します。
参考記事: M&Aにおける法務デューデリジェンス(2024年9月2日)/中小M&Aガイドライン(第3版)の公表(2024年9月24日)
表明保証条項の機能
表明保証条項の意味について、中小M&Aガイドラインの用語集は次のように説明しています。
表明保証条項とは、契約の一方当事者が、他方当事者に対し一定の時点(一般的には最終契約締結時・クロージング時の両時点)において、当該契約に関する事項について、当該事項が真実かつ正確であることを表明し、かつその内容を保証する条項をいう(同条項違反に基づく損害賠償・契約の解除といった補償等についての規定も設けられることが通常である。)。
出典: 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」用語集(2024年8月)
表明保証条項には、大きく3つの機能があります。第一に、当事者間のリスク分配です。表明保証した事実が真実でなかった場合に売主が補償責任を負うと定めることで、契約時点では判明していない潜在的なリスク(簿外債務や紛争など)を、どちらが負担するかをあらかじめ決めておくことができます。ガイドラインは、労働紛争が存在しないことを表明保証していたにもかかわらず実際には紛争が生じており、M&A実行後に成立した和解に基づく和解金相当額を売主側が負担する例を挙げています。
第二に、情報開示の促進です。真実でない表明をすれば補償責任を負うため、売主には、DDの過程で対象会社の状況を正確に開示する動機付けが働きます。第三に、他の契約条項との連動です。契約締結とクロージングが別の日になる案件では、クロージング時点でも表明保証が真実かつ正確であることをクロージングの前提条件とするのが通常です。重要な違反があって前提条件が充足されない場合、買主は取引の実行を拒むことができ、解除条項の定めに従ってクロージング前に契約を解除できることもあります。もっとも、これらはいずれも契約で定めた要件によるものであり、クロージング後に判明した違反は、通常は補償条項による処理が中心になります。
なお、日本法には、M&Aにおける表明保証やその違反に基づく補償を固有の制度として直接規律する明文の規定はありません。表明保証違反に基づく補償責任は、一般に契約上の損害担保特約として理解されていますが、その法的性質や、民法上の債務不履行責任・契約不適合責任との関係には議論があります。したがって、補償請求・クロージングの拒絶・解除といった効果と、その要件・範囲・期間を契約でどこまで明確に定めるかが実務上の要点になります。
表明保証の対象となる事項
対象事項は案件により様々ですが、株式譲渡契約(英文契約の名称である Share Purchase Agreement を略してSPAと呼ばれます)では、おおむね次のような構成になります。
- 売主に関する事項: 契約を締結・履行する権限があること、対象株式を有効に保有しており担保権等の負担がないこと
- 対象会社に関する事項: 適法に設立され存続していること、計算書類が適正に作成されていること、簿外債務・偶発債務が存在しないこと、税務申告が適正に行われていること、労務関係(未払賃金や労働紛争の不存在等)、事業に必要な許認可の保有、法令の遵守、訴訟・紛争の不存在、反社会的勢力との関係の不存在
- 買主に関する事項: 契約を締結・履行する権限があること、譲渡対価の支払能力があること
買主側の表明保証は簡素になるのが通常ですが、契約を締結・履行する権限のほか、クロージング時に譲渡対価を支払うために必要な資金を確保していることが対象となる場合があります。もっとも、表明保証を得るだけで買主の履行能力が確保されるわけではありません。中小M&Aガイドライン第3版は、不適切な譲り受け側の排除に向けて、仲介者・FAに対し、譲り受け側が最終契約を履行し対象事業を引き継ぐ意思・能力を有しているかという観点から、その財務状況・事業実態やコンプライアンス面を調査することを求めています。財務状況については、想定される譲渡対価を調達できるか、M&Aの実施後に対象事業を継続して運営できる状況にあるかという観点からの確認が必要とされています。売主の立場では、資金調達の裏付けの確認や、譲渡対価の支払と株式の移転を同時に行う設計といった手当てとあわせて検討することになります。
補償条項との関係
補償条項は、表明保証違反のほか、契約上の義務違反や個別に特定されたリスクによって買主(または売主)に生じた損害を填補する条項です。補償条項の設計では、次のような要素を定めます。
- 補償請求ができる期間(クロージング後1年〜数年など。税務関係は長めにするなど、項目ごとに期間を分けることもある)
- 補償額の上限(譲渡対価の一定割合とする例が多い)
- 補償額の下限。個々の損害が一定額に満たないものを対象外とする定め(デミニミス)と、損害の累計額が一定額を超えて初めて請求を認める定め(バスケット)を分けて設計する。後者には、基準額を超えた部分だけを請求できる方式と、基準額を超えた場合にその算定の対象となった損害の全額を請求できる方式がある
- 対象会社に生じた損害を買主の損害として扱うかどうか
- 第三者から請求を受けた場合の通知・防御・和解への同意の手続
- DD等で特定された個別リスクについての特別補償
期間や上限を定めるかどうかは交渉事項ですが、中小M&Aガイドラインは、表明保証の内容はDDの結果を踏まえて適切に検討されるべきであり、期間や責任上限が設定されていない場合や適用場面が一義的に明確でない規定が存在する場合には、売主が過大な表明保証責任を負担することとなり、当事者間で争いが生じるリスクがあると指摘しています。仲介者・FAは、このリスクを依頼者に説明しなければならないとされています(中小M&Aガイドライン(第3版)の公表参照)。
DDとの関係
表明保証はDDを代替するものではなく、両者は補完関係にあります。買主の立場では、DDで発見した問題は、譲渡価格への反映、クロージングの前提条件化、特別補償の設定といった形で個別に手当てし、DDでは発見しきれない未知のリスクを表明保証でカバーするのが基本的な整理です。売主がDDの過程で開示した事項(開示別紙に記載した事項)は表明保証違反を構成しない、という設計にすることも一般的で、この場合、開示の正確性・網羅性がそのまま売主の責任範囲を左右します。もっとも、資料をデータルームに格納しただけで当然に免責されるとは限りません。契約で合意した開示の方法に従い、どの表明保証事項をどの事実によって修正するのかが分かるように、開示別紙等へ具体的に記載しておく必要があります。
売主の立場でも、DDへの対応は表明保証の負担と直結します。ガイドラインは、DDの調査が十分になされない場合には、最終契約において売主が負う各種義務(表明保証の範囲や補償額・補償期間等)の負担の増加につながりうると指摘しています。買主が調査を尽くせない分のリスクが、表明保証を通じて売主に転嫁されるためです。
また、買主が契約締結時に表明保証違反の事実を知っていた場合や、重大な過失によって知らなかった場合に補償を請求できるかについては、契約に定めがないときの取扱いに議論があります。東京地方裁判所平成18年1月17日判決(判例時報1920号136頁)は、消費者金融会社の全株式譲渡において財務諸表の正確性に関する表明保証の違反が争われた事案で、買主が違反を知らなかったことが重大な過失に基づくと認められる場合には、公平の見地に照らして悪意の場合と同視し、売主が表明保証責任を免れると解する余地があるとしました。もっとも同判決は、DDは買主の権利であって義務ではなく、限られた期間で売主の提供する資料に基づき限られた範囲で行われるものであることなどを挙げて、この事案では買主の重大な過失を否定し、売主の補償責任を認めています。買主の認識にかかわらず補償請求を認めるのか、認識していた違反については認めないのかを契約で明確に定めておくことが、後日の紛争予防につながります。
表明保証保険
表明保証違反による損害を保険会社が填補する表明保証保険(M&A保険)も、国内の一部の損害保険会社により提供されています。売主用と買主用があり、表明保証違反のリスクを保険会社に引き受けさせることで、表明保証や補償の範囲に関する当事者間の交渉が円滑化する場合があるとされています。購入にあたっては、一般的にDDの結果を報告したDDレポート等を保険会社に提出し、引受審査を経る必要があるため、この場面でもDDの質が前提になります。なお、DDで既に判明している問題や契約上開示された事項は対象外とされるのが一般的で、これらは特別補償など別の方法で手当てすることになります。
売主・買主それぞれの視点
売主の立場では、表明保証の範囲を自らが責任を持てる内容に収めることが基本になります。具体的には、認識していない事項についてまで無限定の保証をしないよう「知る限り」といった限定を付すこと、重要性による限定を付すこと、開示済み事項を除外すること、補償の期間・上限を設定することなどが交渉のポイントです。「知り得る限り」は、現実には認識していなくても、合理的な調査を行えば認識できた事項まで含むと解される余地があり、「知る限り」より売主の責任範囲が広がります。これらの文言の意味は一義的ではないため、誰の認識を基準とし、どの程度の調査を前提とするかを契約で定義しておく必要があります。あわせて、DDに誠実に対応し、契約で合意した方法に従って開示別紙等に具体的な開示を行うことが、表明保証違反を問われるリスクを抑えるうえで重要になります。
買主の立場では、DDの結果を反映して対象事項を過不足なく具体化すること、契約締結時とクロージング時の両時点で表明保証が真実であることを求めること、発見済みのリスクには特別補償で手当てすることがポイントになります。補償の実効性を確保するため、譲渡対価の一部の支払時期を遅らせる、または第三者に預託する(エスクロー)といった仕組みが検討されることもあります。
ロジットパートナーズ法律会計事務所のサービス
当事務所では、M&A支援において、株式譲渡契約等の最終契約の作成・レビューを数多く扱っています。法務・財務・税務のデューデリジェンスも事務所内で扱うため、DDの結果を表明保証・補償条項の設計に一貫して反映できます。仲介者から提示された契約案について、表明保証条項の内容を確認したいという単発のご相談にも対応しています(スポット相談)。
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