生成AIの業務利用は多くの企業で日常的なものになりました。当事務所にも、生成AIの利用に関する社内規程やガイドラインの整備についてご相談をいただいています。そこで繰り返し論点になるのが、著作権リスクをどこまで規程に落とすかという線引きです。
日本において実務上最も参照されるのが、文化審議会著作権分科会法制度小委員会の「AIと著作権に関する考え方について」(令和6年3月15日、以下「考え方」)と、これを立場別に整理した文化庁著作権課の「AIと著作権に関するチェックリスト&ガイダンス」(令和6年7月31日)です。
本記事では、この2つの文書を社内規程やガイドラインに落とし込む際の要点を整理します。
「考え方」に法的拘束力はない
「考え方」は審議会がまとめた解釈の整理であり、法的拘束力を持ちません。 この点は文書自身が冒頭で明記しています。
「考え方」は、現行の著作権法の解釈について、公表時点における、小委員会としての一定の考え方を示すものです。「考え方」それ自体は法的な拘束力を有するものではなく、また現時点で存在する特定の生成AIやこれに関する技術について確定的な法的評価を行うものではありません。
出典: 文化審議会 著作権分科会 法制度小委員会「AIと著作権に関する考え方について」【概要】
そもそも「考え方」がまとめられた背景には、AIと著作権の関係を直接扱った判例・裁判例が乏しく、判例の蓄積を待たずに懸念へ応える必要があった、という事情があります。
つまり「考え方に沿っているから安全」とは言い切れません。社内ルールを作る際は、考え方が示す枠組みを骨格として使いつつ、判断が分かれうる領域には自社としてどこまで踏み込むかを別途決める、という二段構えが必要になります。この線引きこそが、実際には最も検討を要する部分です。
3つの場面を分ける
「考え方」は、AIと著作権の問題を3つの観点に分けています。この切り分けが、そのまま社内規程の構成に使えます。
- AI開発・学習段階 — 著作物を学習用データとして収集・複製し、学習に用いる場面(著作権法第30条の4等)
- 生成・利用段階 — AIで生成し、生成物を公表・販売する場面
- AI生成物の著作物性 — 生成物が「著作物」に当たるか
この3つは、適用される条文も、問題になる場面も、責任を負う主体も異なります。学習段階は法第30条の4という権利制限規定の解釈が中心で、主に検討するのはモデルを開発する側です。生成・利用段階は通常の著作権侵害の判断枠組みに戻り、生成物を世に出す側の問題になります。著作物性は権利が発生するかという別軸の話で、侵害するかどうかとは無関係に検討する必要があります。
社内規程で混乱が起きやすいのは、この3つを一つの条項にまとめてしまう場合です。たとえば「AIで生成したものを利用する際は著作権に配慮する」という書き方では、既存の著作物を侵害しないための配慮なのか、生成物の権利をどう扱うかの話なのか、読み手に伝わりません。運用時に判断を求められた担当者が、どちらの問題なのかを切り分けられなくなります。
また、自社が3つのうちどこに関与しているかは、思っているより広いことがあります。既製の生成AIサービスを使うだけなら生成・利用段階だけの話に見えますが、社内文書を読み込ませて回答させる仕組みを作れば学習段階の論点が加わります。生成物を製品や販促物に使うのであれば著作物性の検討も必要です。規程を書き始める前に、どの場面に足を踏み入れているかを確定させることが出発点になります。
学習段階:法第30条の4の射程
著作権法第30条の4は、平成30年改正で新設された規定です。
(著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)
第三十条の四 著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
一 著作物の録音、録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合
二 情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。第四十七条の五第一項第二号において同じ。)の用に供する場合
三 前二号に掲げる場合のほか、著作物の表現についての人の知覚による認識を伴うことなく当該著作物を電子計算機による情報処理の過程における利用その他の利用(プログラムの著作物にあつては、当該著作物の電子計算機における実行を除く。)に供する場合
出典: 著作権法(昭和四十五年法律第四十八号)第三十条の四
情報解析等のように、著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用(非享受目的の利用)は、原則として著作権者の許諾なく行えます。ただし実務で問題になるのは、むしろ適用されない場合です。「考え方」は次の2類型を挙げています。
享受目的が併存する場合
主たる目的が非享受目的であっても、享受目的が併存する場合には適用されません。具体例として挙げられているのが次の2つです。
- 生成AIの基盤モデルに対する追加学習(ファインチューニング)のうち、意図的な「過学習」等、学習データである著作物の類似物を生成させることを目的としたものを行うための、学習データの収集
- 一部の検索拡張生成(RAG)等で用いるための、生成AIへの入力用データの収集(既存の著作物の創作的表現の全部又は一部を出力させることを目的としたもの)
なお「非営利目的」「研究目的」であっても、享受目的が併存すれば許諾が必要になる点は見落とされがちです。
ただし書に当たる場合
条文のただし書に該当する場合も適用されません。該当性は「著作権者の著作物の利用市場と衝突するか」「将来における著作物の潜在的販路を阻害するか」という観点から判断されます。「考え方」が具体例として挙げているのは次のような場面です。
- 情報解析用に有償提供されているデータベースの著作物を、有償で利用することなく情報解析目的で複製する行為
robots.txtへの記述やID・パスワード認証といったAI学習用の複製を防止する技術的措置が講じられている場合に、これを回避してデータベースの著作物の複製等を行う行為
自社でファインチューニングやRAGを構築する企業にとっては、ここが実際に検討を要する領域です。「学習はすべて適法」という理解のまま設計を進めると、想定外の論点に後から直面します。
調達元の管理という別の論点
以上は法第30条の4が適用されるかどうかの話ですが、学習データをどこから取得したかは、条文の解釈とは別に問題になります。
「考え方」は、海賊版等の権利侵害複製物を掲載していると知りながら当該サイトから学習データを収集した場合、開発された生成AIによって生じる著作権侵害について、事業者が規範的な行為主体として責任を問われる可能性が高まるとしています。学習という行為が権利制限規定でカバーされるかという問題とは別に、調達元の適法性を確認し、記録を残す仕組みが求められるということです。
生成・利用段階:依拠性の推認
生成した画像等を公表・販売する場合は、通常の著作権侵害と同じ基準で判断されます。すなわち、既存の著作物との類似性(創作的表現が共通していること)と依拠性(既存の著作物をもとに創作したこと)が認められ、権利制限規定の対象外であれば侵害となります。
ここで実務上とりわけ重要なのが、依拠性についての整理です。
生成AIの開発・学習段階で当該既存の著作物が学習されていた場合は、AI利用者が既存の著作物を認識していない場合でも、通常、依拠性があったと推認される
出典: 文化審議会 著作権分科会 法制度小委員会「AIと著作権に関する考え方について」【概要】
つまり、利用者が元の著作物を知らなかったとしても、それだけで侵害を免れる構造にはなっていません。「意図的に模倣していないから問題ない」という前提で運用ルールを組むと、実態と食い違います。
社内ルールとしては、意図の有無に依存しない歯止め(生成物の公表前チェック、類似性が疑われる場合のエスカレーション経路、使用するサービスの選定基準)を用意しておく必要があります。
また、見落とされやすい整理があります。生成自体が適法に行える場合でも、生成物の利用(SNSへのアップロード等)まで当然に適法となるわけではなく、場面ごとに判断が必要とされています。「生成してよいか」と「公開してよいか」は別の問いです。
生成物の著作物性
3つ目の観点は、生成物が著作物に当たるかという問題です。著作権法上、著作物は「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義されています(法第2条第1項第1号)。
「考え方」は、人が何ら指示を与えず(又は簡単な指示を与えるにとどまり)AIが自律的に生成したものは、著作物に該当しないと整理しています。一方、人が創作のための「道具」としてAIを使用したと認められれば著作物に当たり、AI利用者が著作者となります。その判断は、人の「創作意図」があるか、および人が「創作的寄与」と認められる行為を行ったかによります。
「考え方」は、創作的寄与の判断要素として次の3点を挙げています。
- 指示・入力の分量 — 創作的表現を具体的に示す詳細な指示は創作的寄与を認める方向に働く。ただし長大なプロンプトでも、創作的表現に至らないアイデアを示すにとどまるなら判断に影響しない
- 生成の試行回数 — 試行回数が多いこと自体は判断に影響しない。生成物を確認し指示を修正しつつ試行を繰り返す場合には認められることがある
- 複数の生成物からの選択 — 単なる選択行為自体は判断に影響しない
いずれも、投じた手間の量ではなく、表現をどこまで人が決めたかを見ています。 長いプロンプトを書いても、内容がアイデアの提示にとどまれば評価されません。何百回試行しても、それだけでは判断に影響しません。生成物を並べて選ぶ行為も同様です。「時間をかけた」「工夫した」という実感と、著作物性の判断は別のものとして扱われます。
AIで生成したコンテンツは、自社の著作物として保護されない可能性を織り込んで扱う必要があります。 具体的には次のような検討が生じます。
- 制作物を第三者に無断利用されたときに、著作権を根拠として差止め・損害賠償を求められるとは限らない
- 外注先の納品物にAI生成物が含まれる場合、著作権譲渡条項だけでは目的を達せられないことがある
- 権利の所在を前提とした契約条項(独占的利用、二次利用の許諾等)が、想定どおり機能しない場合がある
なお、ここまでの著作物性の議論は、前節の侵害の問題とは切り離して考える必要があります。 生成物が著作物と認められる場合であっても、既存の著作物との類似性および依拠性が認められれば、その生成・利用は侵害となり得ます。自社に権利が生じるかどうかと、他人の権利を侵害していないかどうかは、それぞれ独立に確認しなければなりません。
規程化の順序

前掲の「チェックリスト&ガイダンス」は、「第1部 AI開発・提供・利用のチェックリスト」と「第2部 権利者のためのガイダンス」の2部構成になっています。第1部は、総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン」の分類に倣い、AI開発者・AI提供者・AI利用者といった立場ごとに整理されています。
したがって実務では、自社がどの立場に当たるかを先に決めることが出発点になります。多くの企業は「AI利用者」として整理されますが、注意すべきは境界が動くことです。既製のサービスを使うだけなら利用者にとどまりますが、自社データでRAGを構築したり、モデルに追加学習を施したりした時点で、開発者・提供者としての性格を帯びます。同じ社内でも、部署や案件によって立場が異なることは珍しくありません。
規程の作成に先立ち、自社における生成AIの利用実態を棚卸しし、どの部署のどの業務がどの立場に当たるかを整理する必要があります。
なお「考え方」は、今後の判例・裁判例の蓄積、関連技術の発展、諸外国の検討状況を踏まえて見直しを行っていくとしています。また、著作者人格権や著作隣接権とAIとの関係については、独自に検討すべき点があるかを含めて議論を継続するとされています。一度作った規程を固定的に運用するのではなく、見直しの契機を定めておくことが望ましい領域です。
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当事務所では、AIガバナンス構築において、生成AI利用に関する基本方針の策定、リスクの識別・評価と対応方針の検討、規程・ポリシー整備としての利用規程・手順書の作成、運用面の担保、役職員への教育・研修まで対応しています。AIモデルの開発を含む技術的な実務経験を踏まえ、RAGやファインチューニングの構成を前提とした検討を行います。
個別の論点について見解を示す必要がある場合は法律意見書の作成を、生成物の権利帰属や利用条件を取引先との間で定める場合は契約書作成・レビューを扱っています。
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