中小企業が計算書類を作成する際に参照する代表的な枠組みとして、「中小企業の会計に関する指針」(中小会計指針)と「中小企業の会計に関する基本要領」(中小会計要領)があります。企業会計基準に基づいて作成することも可能ですが、実務では多くの場合この2つのいずれかが使われます。2025年9月に中小会計指針の修正版が公表されたのを機に、両者の位置づけと使い分けを整理します。
成り立ちの違い
中小会計指針は2005年8月に公表されました。日本公認会計士協会・日本税理士会連合会・日本商工会議所・企業会計基準委員会の4団体が策定しており、企業会計基準を出発点として、中小企業向けに簡素化していく組み立てになっています。税効果会計や組織再編の会計まで含む18項目・60ページ程度の内容です。
一方の中小会計要領は2012年2月に公表されました。中小企業団体・金融機関・学識経験者らが主体となった「中小企業の会計に関する検討会」が策定したもので、中小企業の実務で行われてきた会計処理を出発点にしています。基本的な14項目・26ページ程度と、指針の半分以下の分量です。
この違いは中身にも現れます。中小会計指針は企業会計基準をベースとするため、国際的な会計基準の改正の影響を受けて随時改正されてきました。これに対し中小会計要領は、安定的に継続して使えることを重視し、国際会計基準の改正の影響を受けないものとされています。
内容の違い
要領にない項目
代表的なものは、税効果会計と、組織再編の会計(企業結合会計・事業分離会計)です。
税効果会計について指針は、一時差異に重要性が乏しい場合を除き、繰延税金資産・繰延税金負債を計上するとしています。繰延税金資産は回収可能性があると判断できる金額に限られ、その判断は収益力に基づく課税所得の十分性に基づいて厳格かつ慎重に行うことが求められます。要領は、税法との調和と実務上の簡便性を重視し、これを独立した項目として置いていません。
組織再編も同様です。合併や会社分割を予定しているのであれば、要領だけでは判断の拠り所がありません。
記述の深さ
退職給付が分かりやすい例です。指針は、確定給付制度について、退職給付債務を割り引いて計算し、未認識数理計算上の差異等を加減して年金資産の額を控除した額を退職給付引当金として計上することを原則としています。そのうえで、一定の場合には期末自己都合要支給額を退職給付債務とする簡便的な方法を認めています。
要領も退職給付引当金を扱っていますが、退職一時金制度を採用している場合は期末の自己都合要支給額を基に計上する、という簡便な処理を示すにとどまります。指針が原則的な計算方法まで定めているのに対し、要領は実務で使える一つの方法を示す、という書き分けです。
法人税法との距離
要領は、会計と税制の調和を図ることを基本方針の一つに掲げています。指針は企業会計基準を出発点としますが、会計基準がなく法人税法で定める処理が経済実態をおおむね適正に表す場合や、会計基準に拠った場合と重要な差異が見込まれない場合には、法人税法の処理を会計処理として適用できるとしています。
そのため、貸倒引当金の繰入限度額や棚卸資産の最終仕入原価法のように、両者で同じ処理を採れる場面は少なくありません。
選択の基準
両者が想定する会社の範囲は、ほぼ重なります。指針は金融商品取引法の適用を受ける会社と会計監査人設置会社を対象から除いており、要領も同じ層を想定しています。したがって、会社の規模や機関設計から自動的にどちらかが決まるわけではありません。
例外が会計参与です。
とりわけ、会計参与設置会社が計算書類を作成する際には、本指針に拠ることが適当である。(中略)もっとも、会計参与を設置した会社が、本指針に拠らずに、会計基準に基づき計算書類を作成することを妨げるものではない。
出典: 日本公認会計士協会ほか「中小企業の会計に関する指針」
会計参与を置いていない場合、この手がかりはありません。判断材料になるのは、次のような点です。
- 会計参与を設置しているか
- 税効果会計や組織再編の会計など、要領が扱っていない論点が生じているか
- 上場準備、M&A、外部からの資本受入れなどにより、将来より詳細な会計処理や財務情報の提供を求められる可能性があるか
- 経理体制として、指針の水準の処理を継続できるか
将来的に企業会計基準への移行や、買手・投資家への詳細な財務情報の提供が見込まれるのであれば、早い段階から指針に沿った処理を取り入れておくことで、その後の負担を軽くできる場合があります。逆にその見込みがなく、経理体制も限られているのであれば、要領を選んだうえで確実に運用するほうが実務的です。
金融機関との関係
指針や要領に沿って計算書類を作成し、その会計方針と処理内容を説明できることは、金融機関との対話において経営管理体制を示す材料になります。
かつては、要領への準拠を税理士等が確認したチェックリストの提出により、信用保証料率を全国一律で0.1%割り引く制度がありました。この取扱いは2017年3月31日受付分をもって終了しており、現在の割引の有無と要件は各信用保証協会や保証制度によって異なります。融資制度や金利の優遇も随時見直されるため、利用を検討する際は、取引金融機関や所在地を管轄する信用保証協会などに個別に確認する必要があります。
重要なのは、指針か要領かという名称を掲げることではありません。採用している会計方針と主要な会計処理を明確にし、継続して適用していることが、外部への説明の土台になります。
2025年9月の修正
今回の修正は、令和7年9月19日付で行われ、同月29日に公表されました。会社計算規則の改正を受けて個別注記表に国際最低課税額に関する注記の項目が加わったこと、日本公認会計士協会の実務指針の一部が企業会計基準委員会へ移管されたことの反映、項番号とページ番号の修正が主な内容です。改正ではなく修正として、公開草案の手続を経ずに公表されています。
国際最低課税額に関する注記の対象となる企業は限られるため、通常の中小企業への直接の影響は限定的です。この機会に確認したいのは、自社がどの枠組みに拠り、どの会計方針を採っているかを説明できる状態にあるかという点です。
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