ロジットパートナーズ法律会計事務所

2026年10月22日

金融商品会計基準の改正と予想信用損失(ECL)モデルへの移行

目次

企業会計基準委員会(ASBJ)は2026年10月16日、改正企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」と企業会計基準適用指針第36号「金融資産の予想信用損失に係る会計上の取扱いに関する適用指針」を公表しました。現行の方法では、貸倒引当金を債務者の財政状態に応じた債権区分ごとに見積もります。改正後はこれに代えて、将来予測を反映した信用損失を確率加重して引き当てる予想信用損失(Expected Credit Loss、ECL)モデルへ移行します。

原則として2030年4月1日以後開始する事業年度から適用し、2027年4月1日以後開始する事業年度からの早期適用も認められています。融資を行う金融機関への影響が大きい一方、売掛金や受取手形だけを扱う一般事業会社でも、貸倒実績率の算定と将来予測の反映、見積りの文書化は変わります。

改正の経緯と公表物

ASBJが2019年10月に着手した金融資産の減損に関する基準開発は、IFRS第9号「金融商品」の予想信用損失モデルを基礎としています。金融商品の分類と測定は現行の枠組みを維持し、見直しを必要最小限にとどめています。2025年10月29日に公開草案を公表し、寄せられた30通のコメントを踏まえて一部を修正した案を、2026年10月5日の第585回委員会で議決しています。

公表物は次のとおりです。

  • 改正企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」
  • 企業会計基準適用指針第36号「金融資産の予想信用損失に係る会計上の取扱いに関する適用指針」(新設)
  • あわせて改正された会計基準等13本(金融商品会計に関する実務指針、収益認識、リース、関連当事者の開示など)
  • 補足文書「金融資産の予想信用損失に係る会計上の取扱いについて」

あわせて改正された基準では、債権の区分(一般債権・貸倒懸念債権・破産更生債権等)の廃止に伴う用語の置換えと、予想信用損失モデルの対象範囲に合わせた調整が中心となっています。収益認識会計基準は、契約資産の会計処理を売掛金等の取扱いに準じると定め、金融商品の組成・取得の際に受け取る手数料を適用除外から外しています。リース会計基準では、リースにより生じた債権を金融商品会計基準の債権に含めます。関連当事者の開示では、「貸倒懸念債権及び破産更生債権等」の注記が「信用減損債権」の注記に改められています。

予想信用損失(ECL)モデルの考え方

現行基準では、一般債権は過去の貸倒実績率、貸倒懸念債権は担保・保証を控除した残額に対する個別の見積りかキャッシュ・フローの割引、破産更生債権等は担保・保証を控除した残額の全額で、貸倒見積高を算定します。改正後は貸倒見積高の算定に使うこの区分を廃止し、全ての債権等について期末に予想信用損失(ECL)を算定します。

項目現行改正後
基本的な考え方債権区分に応じた見積り将来の損失の確率加重
債権の区分一般・貸倒懸念・破産更生等区分を廃止
引当の範囲区分ごとの方法12か月か全期間
判定の基準債務者の財政状態発生時からの信用リスクの増大
将来予測過去の実績率が中心反映が必須
対象債権債権、満期保有目的の債券、金融保証契約、貸出コミットメント等
表1:貸倒引当金の見積りの現行と改正後(改正企業会計基準第10号と改正前の同基準をもとに当事務所作成)

予想信用損失は、契約上のキャッシュ・フローのうち回収できないと見込まれる額(担保などで回収できる分を除く)を、デフォルトが起きる確率で加重し、貨幣の時間価値で割り引いて求めます。ただし、取得価額から貸倒引当金を控除して計上する債権は割り引きません(適用指針47項)。債権等の発生の認識以降に信用リスクが著しく増大していなければ、今後12か月以内のデフォルトから生じる損失(12か月の予想信用損失)を引き当てます。一方、著しく増大していれば、残存期間全体の損失(全期間の予想信用損失)が引当の対象です。見積りには過去・現在・将来の経済状況に関する合理的で裏付け可能な情報を用います。このため、貸倒実績などの過去の情報は現在の状況と将来予測に照らして調整します(GDPや失業率などの観察可能なデータが例示されています)。具体的な計算は、適用指針の設例7(デフォルト確率による算定)、設例8(貸倒実績率による算定)、設例10(期日経過に応じた引当率)に示されています。

予想信用損失は、貸付金代替性私募債を含む債権、満期保有目的の債券、発行者側の金融保証契約、当座貸越契約と貸出コミットメントを対象に算定します。契約資産は売掛金等に、リース投資資産のうち将来のリース料を受け取る権利はリースにより生じた債権に準じます。その他有価証券に分類される債券は、分類と測定の見直しと合わせて検討するとして対象に含めていません。敷金、将来返還される差入預託保証金(建設協力金を除く)、預託保証金であるゴルフ会員権は、償却原価で測定する金融資産に当たるか定かでないとして現行の取扱いが続きます。

一般事業会社への影響

改正基準は、収益認識会計基準の範囲に含まれる取引から生じた受取手形・売掛金等とリースにより生じた債権について、信用リスクの著しい増大を判定せず常に全期間の予想信用損失を引き当てる「単純化したアプローチ」(IFRS第9号と同じもの)を取り入れました(基準28-4項・28-5項)。適用が必須となる債権と、会計方針として適用の有無を選択する債権の区分は次のとおりです。

債権重要な金融要素単純化したアプローチ
受取手形・売掛金等含まない必ず適用
受取手形・売掛金等含む適用の有無を選択
リースにより生じた債権―適用の有無を選択
表2:単純化したアプローチの適用範囲(改正企業会計基準第10号28-4項・28-5項をもとに当事務所作成)

選択はそれぞれ独立に行い、リースにより生じた債権はファイナンス・リースとオペレーティング・リースの区分ごとの選択も認められます。多くの一般事業会社の債権はこの範囲に収まるため、12か月か全期間かの判定を要しません。

売掛金等の全期間の予想信用損失は、調整した貸倒実績に基づいて期日経過日数に応じた引当率を定める便法によることが認められています(適用指針の設例10)。実績率をそのまま使うのではなく、現在の状況と将来予測に照らした調整の要否を期末ごとに検討し、調整しない場合もその判断を残します。債務者区分による信用リスク管理を行っている一般事業会社では、後述の簡素化された算定方法の一部も適用の対象となります。

注記は、信用リスクが将来のキャッシュ・フローにどう響くかを財務諸表の読み手が理解できるように書くのが狙いで、予想信用損失の内訳、信用リスク管理と算定プロセスの説明、当期と翌期以降の財務諸表への影響の3つを示します。ただし、求められる水準は「企業の事業目的に照らした債権等の重要性」で決まるため、融資を本業とする金融機関と一般事業会社とでは自ずと違い、重要性に乏しい事項の記載は省略が可能です。ASBJも適用時期の検討において一般事業会社への影響は必ずしも大きくないとしていますが、見積りの根拠を示す作業がどの程度増えるかは、各社の現在のデータ管理と文書化の状況に左右されます。

金融機関への影響

貸付金については、IFRS第9号に沿った原則的な方法を基本に算定し、信用リスクの著しい増大は、統計モデル、信用格付プロセス、定性的情報のいずれかまたは組合せで判定します。デフォルトの発生確率を明示的に使わないアプローチも、デフォルト発生リスクの変動を担保などの他の要因と区別でき、発生時からのリスクの変動・予想存続期間・裏付け可能な情報を考慮する場合には、適切なものとなる可能性があるとされています。償却原価の算定は原則として実効金利法によりますが、組成した貸付金のうち発生時に信用減損していないものは約定金利によることも許容されています。その場合、貸付金に関連する手数料は収益認識会計基準に準じて履行義務の充足パターンに沿って収益を認識します。

実務負担を抑えるため、「簡素化された予想信用損失の算定方法」も設けられており、次の3項目から適用するものを選択し、使った項目は重要な会計方針として注記する想定です。

  • 自己査定の債務者区分を基礎にした内部信用格付で、信用リスクの著しい増大を判定する(正常先の上位の格付は12か月、それ以外は全期間。境目の区分は反証が可能)
  • 要判定格付から要管理先までの債権等に、グループごとの平均残存期間を使う(信用減損債権を除く)
  • 損失が生じる可能性は反映したうえで、最も可能性の高い中心シナリオだけを考慮する

信用リスクに関する開示には、IFRS第7号「金融商品:開示」が求める注記を、条件変更に関するものを除いて全て取り入れています。あわせて公表された補足文書「金融資産の予想信用損失に係る会計上の取扱いについて」は、内部信用格付とデフォルト発生確率を組み合わせた判定の例、簡素化された方法における判定と反証の例、満期保有目的の債券の算定、貸出コミットメント等の算定、CECL(Current Expected Credit Loss)モデルに基づく情報の開示方法の5つの項目を扱います。基準や適用指針を追加・変更するものではなく、適用の参考として示されています。

適用時期と経過措置

適用時期は次のとおりで、早期適用の場合は同時に公表・改正された一連の会計基準等をまとめて適用します。

区分適用開始3月決算の場合
原則適用2030年4月1日以後開始する連結会計年度・事業年度2031年3月期
早期適用2027年4月1日以後開始する連結会計年度・事業年度2028年3月期
表3:適用時期(改正企業会計基準第10号41項をもとに当事務所作成)

公開草案は「公表から3年程度経過した日」としていました。金融機関からは体制整備とシステム開発に3年以上を求める意見が相次ぎ、金融庁監督局も3年以上の準備期間が必要との見解を示しました。このため、原則適用の時期は公表から3年半程度の2030年4月に確定しています。公表日の属する年度の期末からの早期適用を求める意見は、適用初年度の累積的影響額を事後的な判断なしに算定できないとして採用されていません。

経過措置は遡及適用を求めず、適用初年度の期首に累積的影響額を利益剰余金等に加減し、その期首残高から新基準を適用します。予想信用損失は見積りの要素が強く、過去の時点の見積りに事後的な判断が混入することを避けることが難しいため、一律に遡及適用を求めない定めになりました。適用初年度の比較情報も、新しい表示方法への組替えは不要です。その代わり適用初年度には、旧基準の貸倒引当金の最終残高と新基準による期首の予想信用損失引当金との調整表を、金融資産の分類別に注記します(企業会計基準第24号10項(5)の注記に代えるもの)。

公開草案からの変更点

コメントを踏まえた審議を経ても、IFRS第9号と同じ実務と結果を目指す開発方針は維持されています。公開草案から取扱いを変えたのは次の2件です。

  • 要判定格付の債務者に対する債権等について、個別の債権等の単位でも「信用リスクは著しく増大していない」と反証できるようにした
  • 信用リスクに対する最大エクスポージャーの開示で、予想信用損失引当金を控除する対象を債権と満期保有目的の債券に限った

このほか、満期保有目的の債券の会計処理に関する選択肢の追加が2件、取扱いの明確化が39件あります。ASBJは、変更の全体を見ても公開草案の骨子は変わらないとして、公開草案を改めて公表してコメントを募ることはせずに確定しました。

適用に向けた準備

期日経過日数に応じた引当率の便法(適用指針38項)は、49項から51項に従って調整した貸倒実績を用います。そのため実務上は、債権の期日経過別の残高とその後の回収・貸倒れの実績を集計できるデータを整えなければなりません。将来予測に照らして実績率を調整する根拠は、51項が例示するGDPや失業率などの観察可能なデータとの関係を含めて文書に残します。また、適用初年度は累積的影響額を期首残高に反映し(基準44-4項)、旧基準の最終残高と新基準による期首残高との調整を可能にする情報を開示します。移行計算のデータと手順は適用前に整え、見積りの前提、データの出所、計算の検証と承認の記録も残す必要があります。監査人は監査基準報告書540「会計上の見積りの監査」に基づいて見積りの方法・データ・仮定を評価するので、これらの記録が説明資料となります。

金融機関で必要になる準備は、公開草案に対する全国銀行協会のコメント(第583回企業会計基準委員会の審議資料に収録)が具体的に挙げており、ASBJはこうした体制整備・データ整備・システム開発に時間を要するという意見を踏まえて、原則適用までの期間を3年半としています。

  • 債権単位で発生時からの信用リスクの増大を追跡できるデータ管理
  • 多種多様な手数料・費用を金融資産に紐づける、実効金利法のためのシステムと業務フローの変更
  • 算定の正確性を担保する内部統制と、将来予測情報を恣意的に反映させないためのガバナンス
  • 旧金融検査マニュアルの債務者区分を基礎とした自己査定の見直し
  • 債権単位の管理と実効金利法に伴う管理会計の見直し
  • 銀行法施行規則に基づくリスク管理債権の報告との整合

ロジットパートナーズ法律会計事務所のサービス

当事務所では、会計コンサルティングにおいて、改正基準の自社への影響分析、貸倒実績率の算定と将来予測の反映方法の設計、適用初年度の移行計算の支援に対応しています。見積りの前提とデータの出所を文書化し、承認と検証の手順を整える作業も、あわせて扱います(内部統制構築、内部監査支援)。監査人への説明資料の作成も、監査を受ける側の立場で支援します。

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