ロジットパートナーズ法律会計事務所

2024年6月18日

電子契約の証拠力と社内規程

目次

紙の契約書への押印を電子契約に切り替えた後、押印を前提に組まれていた社内規程がそのまま残ることがあります。締結の方法は変わったのに、決裁の区分も保存の定めも紙のときのままという状態です。争いになったときに何を証拠として出すのかも、決まっていないことが少なくありません。

参考記事: 電子取引データの保存義務と実務対応(2024年1月9日)

本稿では、電子契約の文書としての証拠力がどのように認められるのかを整理し、そこから社内規程で手当てすべき事項を確認します。

押印と電子署名の推定規定

裁判で文書の記載内容を事実認定の資料とするには、その文書が作成名義人の意思に基づいて作成されたこと(成立の真正)が認められる必要があります(民事訴訟法228条1項)。記載内容が真実かどうかや、契約が有効かどうかとは別の問題です。紙の契約書では、次の規定によってこの証明の負担が軽くなります。

4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。

出典: 民事訴訟法228条4項

内閣府・法務省・経済産業省の「押印についてのQ&A」(令和2年6月19日)は、印影と作成名義人の印章が一致することが立証されれば、その印影は名義人の意思に基づいて押されたことが推定され、さらにこの規定により文書が名義人の意思に基づいて作成されたことが推定されるとした判例(最判昭和39年5月12日)を挙げ、これを二段の推定と呼んでいます。印章を本人が管理しているという経験則に支えられた運用で、印章の盗用などの反証があれば推定は破られます。

電子契約書の電磁的記録には印影も印章もないため、この経路は使えません。電子署名法3条が、これとは別に成立の真正の推定を定めています。

電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。

出典: 電子署名及び認証業務に関する法律3条

デジタル庁・法務省のQ&A(令和2年9月4日公表、令和6年1月9日一部改定)は、この規定が適用されるための要件を2つに整理しています。電子文書に3条の電子署名が付されていることと、その電子署名が本人の意思に基づいて行われたことです。

3条の電子署名は、同法2条1項の電子署名(作成者を示すためのものであり、改変の有無を確認できるもの)であることに加えて、「本人だけが行うことができる」ものでなければなりません。Q&A はこれを固有性の要件と呼び、暗号化のための符号について他人が容易に同一のものを作成できないと認められることが必要だとしています。同法2条の電子署名より要件が加重されているのは、3条が成立の真正を推定するという効果を生じさせる規定だからだと説明されています。

事業者署名型サービスの位置づけ

電子契約サービスには、利用者の指示を受けて、サービス提供事業者自身の署名鍵で暗号化等を行う方式があります。この方式について、3条の推定が適用されるための条件を確認しておく必要があります。

Q&A は、前提として2条の電子署名に当たるかについて、技術的・機能的にみて事業者の意思が介在する余地がなく、利用者の意思のみに基づいて機械的に暗号化されたことが担保され、かつ事業者が行った措置を付随情報を含めて全体で1つの措置と捉え直すことで利用者の意思に基づくことが明らかになる場合には、これに当たるとしています。

そのうえで3条については、十分な水準の固有性を満たす必要があるとして、2つのプロセスに分けて判断するとしています。

プロセス満たすべき内容
利用者と事業者の間利用者本人の行為であることを示す水準の認証
事業者の内部十分な暗号の強度、適切な鍵の管理、利用者ごとの個別性
表1:固有性の判断される2つのプロセス(デジタル庁・法務省Q&A問2をもとに当事務所作成)

一方だけが十分でも、全体として不十分であれば固有性は認められません。 利用者側のプロセスについて Q&A が例示するのは、登録済みメールアドレスとパスワードの入力に加えて、SMS やトークンなどメールアドレス以外の手段で取得したワンタイムパスワードを入力する方法などです。ただし二要素認証が必須とされているわけではなく、他の方法を妨げるものではないとされています。

なお同法3条は「これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理すること」を求めており、Q&A は、事業者の署名鍵や利用者のパスワードが符号に、サーバーや利用者の手元にある二要素認証用のスマートフォンやトークンが物件に当たりうるとしています。利用者側の管理も要件の一部です。

身元確認と推定効以外の立証

この Q&A は令和6年1月9日に改定され、身元確認に関する問4と、推定効以外の立証に関する問6が新たに設けられました。社内規程を検討するうえでは、この2つも重要になります。

第一に、サービス提供事業者が利用者と作成名義人の同一性を確認すること(身元確認)は、3条の推定効の要件として必ず求められているものではありません。もっとも、推定を主張する側は、電子署名が作成名義人の意思に基づいて行われたこと、つまりサービスの利用者と作成名義人が同一であることを立証する必要があり、事業者による身元確認はその有効な手段の一つになります。取引の当事者同士で身元確認をしている場合も同様だとされています。

第二に、Q&A は、裁判で求められる身元確認の水準や、なりすましへの防御レベルがどの程度かは裁判所の判断に委ねられる事柄だとしたうえで、現状では必要な基準についての裁判例の蓄積が十分でなく、水準が低い場合には推定するのに不十分と判断される可能性があるとしています。サービスの選択にあたっては、締結する契約の重要性や金額、推定が得られなかった場合に生じる損害を考慮して慎重に選ぶことが適当だ、という書きぶりです。

そして、電子文書の成立の真正は3条の推定効のみによって判断されるものではありません。裁判所は口頭弁論の全趣旨と証拠調べの結果を斟酌して自由な心証で判断します(民事訴訟法247条)。Q&A は、取引開始時点で高い水準の身元確認をしていなかった場合でも、当事者間における成立過程を裏付ける証拠を提出できれば有効な立証手段となりうるとしています。

締結に至る経緯を残しておくことが、そのまま立証の備えになります。 誰が誰に送信し、いつ同意したかという記録は、サービス側のログだけでなく、自社の稟議や往復したメールにも残ります。

社内規程で手当てする事項

電子契約を導入した企業では、次の4点で規程の見直しが漏れやすくなります。

  • 押印規程・文書取扱規程が押印を前提のまま残り、電子契約の位置づけがない
  • 職務権限規程の決裁区分が、電子契約システムの承認フローと一致していない
  • 契約類型ごとに電子契約を使えるかの判断基準がなく、現場の裁量になっている
  • 締結後の保存、閲覧・操作の権限、異動・退職時のアカウント管理について定めがない

第一に、押印を廃止するのであれば、規程の側で電子契約を正式な締結方法として位置づける必要があります。押印に関する定めを残したまま運用だけ切り替えると、規程違反の状態が常態化します。

第二に、社内の決裁と締結操作の接続です。職務権限規程は契約の種類と金額で決裁者を定めるのに対し、電子契約システムの権限はアカウント単位で設定されるため、両者を突き合わせずに導入すると、部長決裁が必要な契約を担当者のアカウントだけで締結できる状態になります。決裁する者と操作する者が同一である必要はありませんが、必要な決裁を経た契約書だけが締結に進む仕組みにし、誰の承認に基づき誰が送信したかを記録します。サービス側の承認機能によるか、稟議システムとの連携によるか、送信できるアカウントの限定によるかは、契約の件数と既存のワークフロー次第です。なお、決裁規程に違反して締結された契約が会社に対して効力を生じるかどうかは、代理権や代表権の問題として別に検討することになります。

第三に、利用の可否と確認の水準です。相手方が応じない場合や、個別の法令によって電子化が認められない方式が要求される場合には、電子契約を使えません。それ以外の類型では、金額や期間、紛争になったときの影響に応じて、使うサービス、認証の方法、相手方の締結権限をどこまで確認するかを使い分けることになります。Q&A が契約の重要性に応じたサービスの選択を促していることからしても、この線引きは現場任せにせず基準として定めておくのが妥当です。

第四に、保存です。所得税および法人税に係る保存義務者が電子取引を行った場合、その取引情報に係る電磁的記録は保存の対象になります(電子帳簿保存法7条)。契約書に相当する取引情報を電子的にやり取りしていれば、これに当たります。要件の内容は電子取引データの保存義務と実務対応で整理していますが、証拠としての利用を考えるなら、保存要件を満たすことに加えて、必要なときに取り出せる状態を維持することが要点になります。契約書のデータと締結の経緯を示す記録について、保存の対象と期間、取得の方法を定め、担当者の退職やサービスの解約の後も必要な証拠を確保できるようにしておきます。異動や退職の際には、閲覧・送信・署名の権限を見直し、必要な記録を引き継いだうえでアカウントを停止する手順も決めておきます。

※本稿は記事公開時点の法令および公表されている資料に基づく一般的な整理です。個別の契約や紛争における文書の証拠力の評価は、事案に即した検討が必要です。

ロジットパートナーズ法律会計事務所のサービス

当事務所では、規程・ポリシー整備において、電子契約の導入に伴う押印規程・文書取扱規程・職務権限規程の見直しに対応しています。電子契約を使う類型と使わない類型の線引き、承認フローと決裁区分の突合せ、締結後の保存とアクセス権限の定めを、実際の運用に合わせて整理します。

契約書の書式を電子契約前提に改める作業も扱っています(契約書作成・レビュー)。システムの選定や既存のワークフローとの接続を含めて検討する場合は、管理部門の業務全体の設計としてご相談いただけます(管理部門DX支援)。

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