目次
非上場株式(取引相場のない株式)の価格には、唯一の正解となる数字がありません。相続税の申告で使う評価額と、M&Aで買い手と合意する価格は、同じ株式であっても別の枠組みで算定され、金額も一致しないのが通常です。「自社の株価はいくらか」という問いには、何のための評価かを特定してはじめて答えられます。場面ごとの評価の枠組みを整理すると、次のとおりです。
| 場面 | 枠組み | 主な方式 |
|---|---|---|
| 相続・贈与 | 財産評価基本通達 | 類似業種比準・純資産価額・配当還元 |
| M&A・第三者間 | 企業価値評価 | DCF・類似会社比較・修正純資産 |
| 同族間の売買等 | 税務上の時価 | 財産評価基本通達の修正援用等 |
相続・贈与の申告における評価
相続税・贈与税の申告では、財産は取得時の時価で評価するのが法律上の原則です(相続税法第22条)。取引相場のない株式については、その時価の評価方法を定めた財産評価基本通達により評価します。まず株主の立場で評価方式が分かれ、経営支配力を持つ同族株主等は原則的評価方式、それ以外の少数株主は配当還元方式(年間の配当金額を10%の利率で還元する方法)によります。
原則的評価方式では、会社を従業員数・総資産・取引金額で大会社・中会社・小会社に区分し、規模に応じて2つの評価方式を使い分けます。類似業種比準方式は、類似する業種の上場会社の株価を基に、1株当たりの配当・利益・簿価純資産の3要素で比準する方法、純資産価額方式は、会社の資産・負債を相続税評価額に洗い替えて純資産を計算する方法です(評価方式の概要は国税庁タックスアンサーNo.4638を参照)。
| 会社規模 | 原則的な評価方式 |
|---|---|
| 大会社 | 類似業種比準方式 |
| 中会社 | 類似業種比準方式と純資産価額方式の併用 |
| 小会社 | 純資産価額方式 |
表2は原則の組合せで、いずれの規模でも一定の選択方式が認められているほか、株式等保有特定会社や開業後3年未満の会社など、特定の評価会社には別の評価方法が適用されます。
この枠組みは、過去の実績数値や評価時点の資産の価額を定められた算式に当てはめる画一的な評価であり、将来の事業計画や収益力の見通しは直接織り込まれません。納税者間の公平と課税実務の執行可能性を優先した、申告のための評価制度です。
通達評価が否定された例(総則6項)
もっとも、通達による評価は絶対ではありません。財産評価基本通達の総則6項は、通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は国税庁長官の指示を受けて評価する旨を定めています。最高裁令和4年4月19日判決(民集76巻4号411頁、判決全文)は、相続開始前に10億円超の借入れで2棟のマンション(購入価額合計13億8,700万円)を取得し、通達評価額の合計約3億3,370万円で申告して相続税の総額を0円とした事案で、通達どおりの画一的な評価がかえって実質的な租税負担の公平に反する事情があるとして、鑑定評価額(合計12億7,300万円)に基づく課税を適法と認めました。最高裁は、通達評価額と時価の乖離の大きさだけで総則6項による通達外の評価を認めたのではなく、税負担の軽減を意図して購入・借入れを企画・実行したという事情を重視しています。不動産の事例ですが、総則6項は財産の種類を限定しておらず、非上場株式でも個別の事情によっては問題になり得ます。
M&A・第三者間取引における評価
一方、M&Aや第三者割当増資など取引の価格を決める場面では、財産評価基本通達が当然に適用されるわけではありません。実務では、日本公認会計士協会の企業価値評価ガイドライン(経営研究調査会研究報告第32号)が評価の枠組みとして参照されます。同ガイドラインは、評価アプローチを、将来キャッシュ・フローを割り引くインカム・アプローチ(DCF法等)、類似上場会社の株価倍率等を用いるマーケット・アプローチ、簿価または時価を基礎とした純資産に着目するネットアセット・アプローチの3つに整理しています。
これらの評価は、将来の収益力とリスクの見立てによって結果が変わるため、単一の正解となる数字ではなく、前提に応じた一定の幅(レンジ)で示されることが多くあります。同じ株式でも、支配権を伴う持分か少数持分か、買い手にとってシナジーが見込めるか、換金のしにくさ(非流動性)をどう見るかで評価は変わります。実務では、必要に応じて第三者の専門家がこうした前提を明示した株価算定書を作成し、当事者がその結果も参酌して価格を交渉し、最終的な取引価格は当事者間の合意で決まります。通達評価とは目的も手法も異なり、通達による評価額はM&Aの取引価格を直接示すものではないため、通常は、これを基準価格として持ち出したり、その高低だけで売却価格の妥当性を判断したりすることは適切ではありません。
2つの評価が交差する場面
注意が必要なのは、オーナーと同族会社の間や親族間で株式を売買する場面です。独立した第三者間で通常の交渉を経て成立した価格は、税務上も時価を判断する有力な資料となります。ただし、個別の取引価格が直ちに税務上の時価になるわけではなく、取引の時期や数量、支配権の移転の有無、取引先に株式を保有してもらう場合のような価格決定の背景などとあわせて評価されます。これに対して同族間の取引では、独立した当事者間と同じような価格形成が働くとは限らず、税負担を意識した価格設定も可能なため、当事者が合意した価格がそのまま税務上の時価の根拠になるとは限りません。
そのため同族間の取引では、まず、よりどころとなる税務上の時価をどう算定するかが問題になり、次に、実際の取引価格がその時価と乖離する場合の課税関係が問題になります。
時価の算定方法は、場面ごとに通達で定められています。例えば、個人から法人への贈与や、時価の2分の1未満の価額での法人への譲渡の場面(所得税法第59条第1項)では、所得税基本通達59-6により時価を算定します。同通達は、まず適正な売買実例の価額や、類似する法人の株式の価額から比準した価額など(同通達23〜35共-9)によることとし、これらがない場合に、財産評価基本通達の評価方法に一定の修正(少数株主かどうかの判定を譲渡人の譲渡直前の議決権で行う、譲渡人が譲渡直前に中心的な同族株主に該当する場合は小会社として扱う、土地・上場有価証券は譲渡時の価額で評価する、評価差額に対する法人税額等相当額を控除しない等)を加えた上で援用します。この修正援用による評価は、相続・贈与の申告で使う通達評価とは算定の仕方が異なり、評価額も一致するとは限りません。法人税の側にも、おおむね同様の順序と修正があります(法人税基本通達2-3-4・4-1-5・4-1-6等)。
時価と乖離した価額で取引した場合の課税関係は、譲渡人と譲受人の組合せによって異なります。
- 個人間の譲渡では、著しく低い価額で譲り受けた側に、時価との差額をみなし贈与とする課税が生じ得ます(相続税法第7条)
- 個人から法人への譲渡では、対価が時価の2分の1未満の場合に、譲渡人に時価によるみなし譲渡課税が生じます(所得税法第59条第1項)
- 法人が当事者となる譲渡では、時価による譲渡損益の認識のほか、差額についての受贈益・寄附金・給与等の認定が問題になります
相続税法第7条の「著しく低い」かどうかは取引の個別の事情により判断され、所得税法の2分の1基準とは別のものです。
自己株式の取得や役員への株式譲渡など、同族間の株式移転を検討する際は、価格を決める前に、どの評価の枠組みが適用される取引なのかを確認することが出発点になります。なお、自己株式の取得については、株価の評価とは別に、みなし配当などの課税関係の確認も必要になります。
ロジットパートナーズ法律会計事務所のサービス
当事務所では、バリュエーションにおいて、M&A・組織再編や同族間の株式移転に伴う非上場株式の評価に対応しています。相続・贈与の申告に用いる財産評価基本通達に基づく評価や、評価額の妥当性について書面での見解が必要な場合の対応も、あわせて扱います(税務顧問・申告、税務意見書)。
関連記事
2025年10月14日
非上場株式の税務上の時価と所得税基本通達59-6
オーナーと同族会社の間や親族間など、独立した当事者間の価格形成が期待しにくい非上場株式の取引では、当事者が合意した価格と税務上の「時価」が乖離すると、みなし譲渡やみなし贈与などの課税が生じることがあります。この記事では、このうち個人から法人への贈与や著しく低い価額での譲渡に適用される所得税法第59条第1項を取り上げ、その時価についての課税実務上の取扱いを示す所得税基本通達59-6と、解釈が最高裁まで争われた事例を整理します。
2025年1月31日
所得税法における有利発行課税適用の事例
本記事では、所得税法における有利発行課税に関する最新の裁判例として注目を集めている東京地裁判決(令和4年12月21日、令和3年(行ウ)第140号)について概説します。
2026年9月3日
令和9年度税制改正要望の実務ポイント
各府省庁は2026年8月31日、令和9年度(2027年度)の税制改正要望を公表し、財務省のポータルには17の府省庁の要望が掲載されています。