目次
各府省庁は2026年8月31日、令和9年度(2027年度)の税制改正要望を公表し、財務省の令和9年度税制改正要望のポータルには17の府省庁の要望が掲載されています。本記事では、企業の税務実務に影響の大きい経済産業省と金融庁の要望を中心に、年末の税制改正大綱までに押さえておきたい項目を整理します。
いずれも各府省庁から提出された税制改正要望の段階で、改正が決まったものではありません。実現するかどうか、またどのような内容になるかは、今後の与党税制調査会での議論と、例年12月に決定される税制改正大綱、その後の国会審議によります。
参考記事: 令和8年度税制改正大綱の実務ポイント(2026年2月17日)/ステーブルコインの会計処理に関する公開草案の公表(2026年8月25日)
要望から大綱までの流れ
税制改正は、毎年おおむね次の順序で進みます。令和8年度の改正では、与党大綱が2025年12月19日に決定され、12月26日に閣議決定、改正法は2026年3月31日に成立しました。
| 時期 | 段階 | 令和9年度改正 |
|---|---|---|
| 8月末 | 各府省庁が要望を提出 | 2026年8月31日に公表 |
| 9月から11月 | 与党税制調査会が審査 | 今後 |
| 12月 | 与党大綱の決定と閣議決定 | 例年中旬から下旬 |
| 1月から3月 | 通常国会で改正法案を審議 | 2027年1月以降 |
| 4月以降 | 改正法の施行と適用開始 | 多くは2027年4月1日以後開始の事業年度から |
したがって、8月末の要望は翌年4月以降の税制のたたき台に当たります。要望の段階で内容を把握しておくと、大綱が出た時点で影響の試算や社内の対応に着手できます。特に今回は、令和8年度末(2027年3月31日)に適用期限を迎える租税特別措置が多く、延長や見直しの行方が翌期の税負担に直結します。
経済産業省の要望
経済産業省の令和9年度税制改正要望のポイントと要望の概要は、中小企業の「稼ぐ力」の強化を柱に、事業承継税制と賃上げ促進税制の見直し、事業ポートフォリオの転換を後押しする新税制の創設などを掲げています。
事業承継税制の抜本見直し
法人版事業承継税制の特例措置は、令和9年(2027年)12月31日までの贈与・相続等を対象とする時限措置で、適用には令和9年9月末までに特例承継計画を提出する必要があります(個人版は令和10年12月31日まで)。令和8年度の与党税制改正大綱は、適用期限到来後のあり方について「令和9年度税制改正において結論を得る」としており、今回の要望はこれを受けたものです。
| 項目 | 一般措置 | 特例措置 |
|---|---|---|
| 対象株式数 | 総株式数の3分の2まで | 上限なし |
| 猶予割合 | 贈与100%・相続80% | 贈与・相続とも100% |
| 後継者 | 1名 | 最大3名 |
| 雇用要件 | 5年平均8割の維持 | 未達成でも報告により継続可 |
| 適用期限 | なし | 令和9年12月31日まで |
経済産業省は、単純な延長ではなく、事業承継を契機に「稼ぐ力」の強化に取り組む中小企業を後押しする措置へ抜本的に見直し・強化することを要望しています。現行の特例措置(対象株式数の上限なし、猶予割合100%、雇用維持要件の緩和など)がそのまま続くとは限らず、承継後の経営改革や生産性向上への取組が何らかの形で要件に組み込まれる可能性があります。特例承継計画を提出しても、株式の贈与・相続の実行や税制の利用が義務づけられるわけではありません。現行の特例措置を利用する可能性があるなら、令和9年9月末までに計画を提出して選択肢を確保しつつ、年末の大綱で見直し後の制度を確認するのが現実的な進め方です。
取引相場のない株式の評価方式の見直し
事業承継税制と並んで、相続税・贈与税における取引相場のない株式の評価方式についても要望が出ています。経済産業省の個別の要望書によると、2024年11月の会計検査院の検査報告で「異なる規模の会社間での公平性や社会経済の変化を考慮し、より適切なものとなるよう検討を行っていくことが肝要」と指摘されたことを受けて、財産評価基本通達による評価方式の見直しが議論されています。経済産業省は、見直しによって多くの企業に影響が及ぶ可能性があるとして、企業の成長や事業承継を阻害しないよう慎重に検討し、事業者の懸念を踏まえた適切な措置とすることを求めています。具体的な評価方式は示されていませんが、株主の区分や会社規模に応じた現行の評価の枠組み(取引相場のない株式の相続税評価参照)に変更があれば、自社株の評価額と事業承継の計画に直接影響します。
中小企業向け賃上げ促進税制の拡充
中小企業向け賃上げ促進税制(租税特別措置法第42条の12の5、所得税は第10条の5の4)は令和8年度末が適用期限で、要望は延長と適用要件の見直しを組み合わせています。
| 項目 | 現行制度 | 要望 |
|---|---|---|
| 適用期限 | 令和8年度末 | 令和11年度末まで3年延長 |
| 判定の基準 | 雇用者全体の給与等支給総額 | 従業員一人あたりの給与支給額 |
| 賃上げ要件 | 1.5%以上増で15%、2.5%以上増で30%控除 | 水準を見直し |
| 上乗せ | くるみん・えるぼし認定で5% | 要望に記載なし |
| 繰越 | 控除しきれない額を5年間 | 要望に記載なし |
経済産業省は今後5年間を重点期間と位置づけ、判定の基準を一人あたりの給与に改める理由として、従業員数の減少により給与総額が増えなかった企業が現行制度では対象外になることと、生産年齢人口の減少を見据えてこうした企業も対象にする必要があることを挙げています。
経済産業省の要望書は、現行制度では新たな雇用によって一人あたりの給与を上げなくても要件を満たせたことを問題視し、実質賃金の向上の観点から一人あたりの給与の増加を求める仕組みに改めると説明しています。一人あたりの給与の算定対象や、入退社・短時間勤務者の扱いといった具体的な計算方法は要望の段階では示されていないため、賃上げ計画と採用計画の組み合わせは、大綱で要件が具体化した時点で改めて確認することになります。
事業ポートフォリオ転換・強化促進税制の創設
事業ポートフォリオ転換・強化促進税制(法人税)は、今回の要望の中で新設に当たる措置です。企業が事業を売却すると売却益に課税されますが、要望は、一定期間内に事業等の売却と買収を行う場合の売却益について、課税を繰り延べる措置を求めています。
経済産業省は、日本企業の投下資本のうち資本コストを上回る価値を創造している部門に配分されている割合が35%にとどまることを課題に挙げ、売却益への課税によって買収の原資が目減りすることが事業の入れ替えを抑制している要因の一つだと分析しています。AX(AIトランスフォーメーション)やGX、経済安全保障といった事業環境の変化に対応して、事業を売却し成長分野を買収する動きを税制で後押しする狙いです。2026年7月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードが経営資源の配分に関する説明を求めていることとも呼応しています(コーポレートガバナンス・コード(2026年7月版)の公表参照)。
経済産業省の要望書では、対象を産業競争力強化法に基づく計画の認定を受けた企業とすることを検討し、事業ポートフォリオの転換・強化の取組による一定以上の生産性の向上が見込まれることなどを要件とする方向が示されています。繰り延べた売却益は、買収した事業や株式を売却する際に課税されるとされており、免税ではなく課税の時期を後ろ倒しにする仕組みです。一方、対象取引の範囲、売却と買収の間隔、繰り延べる額の計算方法といった具体的な制度設計は示されていません。M&Aを伴う事業再編を計画している企業にとっては実行時期の判断材料になりうるため、大綱での具体化を注視する項目です。
減価償却資産の取得価額基準の見直し
経済産業省は、減価償却資産の取得価額基準が1998年以来見直されていないとして、物価上昇を踏まえた引上げを要望しています。
| 区分 | 現行の基準 | 今回の要望 |
|---|---|---|
| 少額減価償却資産 | 10万円未満は取得時に全額損金算入 | 基準額の引上げ |
| 一括償却資産 | 20万円未満は3年間で均等償却 | 基準額の引上げ |
| 中小企業者等の特例 | 40万円未満は全額損金算入 | 対象外(令和8年度に引上げ済み) |
今回の対象は一般的な基準である10万円と20万円で、中小企業者等の特例は令和8年度税制改正で30万円から40万円に引き上げられたばかりです。実現すれば、固定資産の計上基準や償却資産の申告対象に関わるため、経理規程と会計システムの設定を見直すことになります。
そのほかの中小企業関連措置
| 措置 | 現行の主な内容 | 要望 |
|---|---|---|
| 中小企業経営強化税制 | 即時償却又は10%税額控除 | 見直しの上延長 |
| 中小企業投資促進税制 | 30%特別償却又は7%税額控除 | 見直しの上延長 |
| 中小企業軽減税率 | 年800万円以下の所得に15% | 見直しの上延長 |
| グループ化税制 | 株式取得価額の最大100%を準備金 | 3年延長・手続見直し |
| 交際費課税の特例 | 800万円まで全額損金算入 | 令和11年度末まで延長 |
| 防災・減災税制 | 16%特別償却 | 2年延長・対象追加 |
いずれも令和8年度末が適用期限です。税額控除率には条件があり、経営強化税制は資本金3,000万円超の法人では7%、投資促進税制で税額控除を選べるのは資本金3,000万円以下の法人と個人事業主に限られます。軽減税率も、所得が年10億円を超える事業年度では15%ではなく17%です。このうち中小企業事業再編投資損失準備金(中堅・中小グループ化税制)は、M&Aで取得した株式の取得価額の70%(産業競争力強化法の特別事業再編計画の認定を受けた中堅・中小企業は2回目90%、3回目以降100%)を準備金として積み立て、損金算入できる制度です。M&Aの基本合意後・最終合意前までに中小企業等経営強化法の経営力向上計画などの認定を受ける必要があり、要望は、この認定手続をM&A実務の実態に即したものに見直すことも求めています。
交際費については、租税特別措置法上、交際費等は損金不算入が原則で、中小法人は800万円まで全額損金算入できる特例と、飲食費の50%を損金算入できる特例のいずれかを選択できます。経済産業省は800万円の特例の延長を要望し、厚生労働省も、交際費等から除かれる1人あたり1万円以下の飲食費の金額基準を含めて見直しの上延長するよう共同で要望しています。
次世代半導体とGX
次世代半導体の量産に向けては、情報処理の促進に関する法律に基づく選定事業者への現物出資に伴う税負担の減免措置の創設が要望されています。研究開発委託で構築した工場を令和9年度に現物出資する予定があり、これに伴い発生する登録免許税や不動産取得税などの負担を減免するとともに、資本金登記の登録免許税率を0.35%とする現行の軽減措置などを延長する内容です。一般の企業に直接影響する項目ではありませんが、国策プロジェクトへの税制上の手当てとして規模の大きな要望です。
GX等の戦略分野国内生産促進税制は、電気自動車等、グリーンスチール、グリーンケミカル、持続可能な航空燃料、半導体(マイコン・アナログ)を対象物資として、生産・販売量に応じた税額控除を認める制度です。2027年3月31日までの計画認定が要件とされているため、対象物資を見直した上で延長等を行うよう要望しています。
外国子会社合算税制の見直し
海外に子会社を持つ企業に関わる項目として、外国子会社合算税制(CFC税制)の見直しが挙がっています。経済産業省は、租税回避と関係しない場面でも課税が生じている点と、グローバル・ミニマム課税の導入で事務負担が増えている点を課題に挙げています。
| 課題 | 現状の例 | 見直しの方向 |
|---|---|---|
| 形式的な課税 | 買収前の所得や預貯金の利子も合算 | 課税範囲の見直し |
| 基準と実態の乖離 | 海外持株会社が基準を満たさず合算 | 経済活動基準の見直し |
| 事務負担の増大 | ミニマム課税と二重の情報収集 | 免除税率の見直し、対象の絞込み、計算の共通化 |
金融庁の要望
金融庁の令和9年度税制改正要望は、資産運用立国の推進、子育て世帯への支援、金融イノベーションの推進の3つを柱に、要望項目を整理しています。
| 項目 | 要望の内容 | 共同要望 |
|---|---|---|
| NISA | 限度額1,800万円の枠の当年中の復活、ETF要件の整備 | なし |
| 金融所得課税 | 損益通算をデリバティブ取引・預貯金等まで拡大 | 経済産業省・農林水産省 |
| 生命保険料控除 | 23歳未満の扶養親族がいる場合の2万円上乗せを恒久化 | 農林水産省・厚生労働省・経済産業省 |
| 信託型SC | 受益者別調書・信託の計算書の提出を不要に | なし |
| 銀行の投資子会社 | 出資先をみなし大企業から除外 | 経済産業省 |
NISAの利便性向上
非課税保有限度額の枠は現在、売却した分が翌年に復活する仕組みで、要望は年間投資枠360万円(つみたて投資枠120万円・成長投資枠240万円)の範囲内で同じ年に再投資できるようにする趣旨です。継続要望ですが、金融庁は投資家の予見可能性と金融機関のシステム対応のために今年度の改正が必要だとしています。
金融所得課税の一体化
金融商品間の損益通算は、2016年1月から上場株式等に加えて特定公社債等まで認められていますが、デリバティブ取引と預貯金等には及んでいません。金融庁は経済産業省・農林水産省と共同で、損益通算の範囲をデリバティブ取引・預貯金等まで拡大するよう要望しています。令和8年度の与党税制改正大綱は、デリバティブ取引について「意図的な租税回避行為を防止するための方策等に関するこれまでの検討の成果を踏まえ、総合的に検討する」と記載するにとどめており、長年の継続要望が今回どこまで進むかは不透明です。
生命保険料控除の上乗せ措置の恒久化
一般生命保険料控除の所得控除限度額(4万円)への2万円の上乗せは、令和8年分と令和9年分に限る時限措置として設けられており、今年の年末調整から適用されます。ただし、一般・介護医療・個人年金の3つを合わせた所得税の控除限度額12万円は据え置かれ、一時払の生命保険は上乗せの対象外です。恒久化が実現すれば令和10年分以降も同じ扱いが続きます。年末調整では、扶養控除等申告書で23歳未満の扶養親族の有無を、保険料控除証明書で支払保険料をそれぞれ確認することになります。
信託型ステーブルコインの調書
金融イノベーションの分野では、特定信託受益権(信託型ステーブルコイン)に関する要望が挙がっています。特定信託受益権は、資金決済に関する法律上の電子決済手段のうち、信託銀行等が発行する信託受益権の形式によるものです(制度の概要は令和7年改正資金決済法の施行参照)。
相続税法上、信託の受託者は、受益者等が変更された場合に受益者等の氏名や信託財産の価額を記載した「信託に関する受益者別調書」を、所得税法上は「信託の計算書」を税務署長に提出することとされています。しかし信託型ステーブルコインは、法定通貨と価値が連動する決済手段として不特定多数の利用者間で転々流通することが想定されており、受託者が保有者の氏名やその変更を把握することができません。保有者が信託から収益を得ることも想定されていません。金融庁は、受益者等の変更があった場合の両調書の提出を不要とするなどの措置を要望しています。
このほか、一定の外国発行の信託型ステーブルコインを電子決済手段として規定したことに伴う所要の措置も要望項目に含まれています。外国信託型のステーブルコインは、2026年6月施行の内閣府令改正で第4号電子決済手段に位置づけられ、会計面では企業会計基準委員会が実務対応報告第45号の適用範囲に取り込む公開草案を2026年8月17日に公表しています。税制と会計の両面で、制度整備が並行して進んでいる分野です。
銀行の投資専門子会社による中小企業出資
銀行等が投資専門子会社を通じて中小企業に単独で2分の1、他の企業を含めて3分の2以上出資すると、出資先は「みなし大企業」に該当し、中小企業投資促進税制や賃上げ促進税制などの優遇を受けられなくなります。事業承継や事業再生の場面で銀行系の投資会社から出資を受ける中小企業にとって、税制優遇の適用可否が変わりうる項目です。
そのほかの府省庁
厚生労働省の令和9年度税制改正要望は、医療提供体制の確保に資する設備の特別償却制度について適用要件を見直した上で拡充・延長すること、中小企業退職金共済制度と勤労者財産形成促進制度の見直しに伴う税制上の措置などを挙げています。交際費課税の特例は中小企業庁と、家事支援サービス・ベビーシッター等の利用費用に係る措置は経済産業省・こども家庭庁との共同要望です。家事支援サービスの費用については、子育てや介護による離職を防ぐ観点から税制上の措置を講ずるとされていますが、所得控除か税額控除かといった具体的な仕組みは要望の段階では示されていません。
大綱までに準備しておくこと
要望の段階でできる準備は、影響を受けうる項目の洗い出しと、大綱が出た時点ですぐに試算に入れる体制づくりです。
- 令和8年度末に期限を迎える措置(賃上げ促進税制、経営強化税制、投資促進税制、軽減税率、交際費の特例、グループ化税制)の当期の適用状況を棚卸しする
- 翌期の税負担の試算は、延長される場合と見直される場合の両方で組んでおく
- 事業承継税制の特例措置を使う予定があれば、令和9年9月末の計画提出期限と、見直し後の制度を待つ選択肢を比較する
- 賃上げ計画は、一人あたりの給与支給額を基準とする要件への変更を想定して、賃上げ率と採用計画の組み合わせを確認する
- 事業の売却・買収を計画している場合は、課税繰延の新設が実現した場合の実行時期と、グループ化税制の計画認定のタイミングを織り込む
- 取得価額基準の引上げが実現した場合に備え、固定資産の計上基準を定めた経理規程と会計システムの設定箇所を確認しておく
大綱の決定は例年12月中旬から下旬で、そこから改正法の成立までは3か月ほどしかありません。3月決算の企業では、大綱を踏まえて翌期の予算の税務上の前提を置き、成立した法令で確定させることになります。
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