2025年8月2日、EU AI Actのうち汎用目的AIモデル(GPAIモデル)に関する規制の適用が始まりました。適用開始に先立つ2025年7月には、実務対応の前提となる3つの文書が欧州委員会から相次いで公表されています。本記事では、適用が開始された義務の内容と、公表された文書のポイントを整理します。
参考記事: EU AI Actの施行に向けた動き(2025年1月26日)
適用が開始された規定
EU AI Actは2024年8月1日に発効し、段階的に適用が進んでいます。2025年2月2日の禁止事項(許容できないリスクのAIシステム)に続き、2025年8月2日からは、汎用目的AIモデルに関する第5章(第51条〜第56条)のほか、通知当局・通知機関に関する第3章第4節、ガバナンス体制に関する第7章、制裁に関する第12章(GPAIモデル提供者への制裁金を定める第101条を除く)などの適用が始まりました(第113条)。高リスクAIシステムを含む規則のほぼ全面的な適用は2026年8月2日に予定されており、今回の適用開始はその中間段階に当たります。
汎用目的AIモデル提供者の義務
すべてのGPAIモデル提供者に適用される義務は第53条に定められています。
- モデルの技術文書を作成し、AI Officeおよび各国当局の求めに応じて提供すること
- モデルを自社システムに組み込む下流の事業者に対し、モデルの能力・限界を理解できる情報・文書を提供すること
- EU著作権法を遵守するためのポリシーを整備すること(DSM指令第4条第3項に基づく権利者のオプトアウト表明の特定・遵守を含む)
- モデルの学習に用いたコンテンツについて、AI Officeのテンプレートに従った「十分に詳細な要約」を作成・公表すること
このうち技術文書と下流事業者への情報提供の義務については、フリーかつオープンソースのライセンスで公開され、パラメータ等が公表されているモデルに例外が認められています(第53条第2項)。
さらに、学習に用いた累積計算量が10の25乗FLOPを超えるなどの基準に該当する「システミックリスクを伴うGPAIモデル」の提供者には、モデル評価(敵対的テストを含む)、システミックリスクの評価・低減、重大インシデントの追跡・報告、サイバーセキュリティ確保といった追加的な義務が課されます(第55条)。
経過措置と執行時期
2025年8月2日より前にEU市場に投入された既存モデルには経過措置があり、対応期限は2年後に設定されています。
Providers of general-purpose AI models that have been placed on the market before 2 August 2025 shall take the necessary steps in order to comply with the obligations laid down in this Regulation by 2 August 2027.
また、義務の適用開始と執行の開始にはずれがあります。欧州委員会によるGPAIモデル提供者への執行権限(第101条に基づく制裁金は全世界年間売上高の3%または1,500万ユーロのいずれか高い方が上限)は、2026年8月2日から行使されます。もっとも、執行開始までの1年間が猶予期間として機能するわけではなく、2025年8月2日以降に市場投入されるモデルには義務そのものは既に適用されている点に注意が必要です。
2025年7月に公表された3つの文書
適用開始の直前には、実務対応の前提となる3つの文書が出揃いました。
| 文書 | 公表日 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 実践規範 | 2025年7月10日 | 義務の遵守を示すための任意の行動規範 |
| ガイドライン | 2025年7月18日 | 義務の適用範囲に関する欧州委員会の解釈 |
| テンプレート | 2025年7月24日 | 学習データ要約の公表様式 |
汎用目的AI実践規範(Code of Practice)
汎用目的AI実践規範は、GPAIモデル提供者が第53条・第55条の義務の遵守を示すための任意の行動規範です。独立の専門家が利害関係者の参加するプロセスで起草し、AI Officeがその策定を支援しました。AI Act上は2025年5月2日までの整備が予定されていましたが(第56条第9項)、最終版の公表は7月10日となりました。透明性(Transparency)、著作権(Copyright)、安全・セキュリティ(Safety and Security)の3章で構成され、透明性の章にはモデル文書化のための様式(Model Documentation Form)が含まれています。安全・セキュリティの章は、システミックリスクを伴うモデルの提供者のみを対象とします。
署名は任意ですが、欧州委員会は署名者について行政負担の軽減と法的確実性の向上というメリットを示しており、署名しない提供者は別の方法で義務の遵守を示す必要があります。
適用範囲に関するガイドライン
7月18日に公表されたガイドラインは、どのようなモデル・事業者が規制の対象になるかについての欧州委員会の解釈を示すものです。実務上の目安として、次の点が示されています。
- 学習計算量が10の23乗FLOPを超え、言語生成等の能力を持つモデルは、GPAIモデルに該当するかを判断する際の目安とされる。ただし一律の基準ではなく、目安を満たしてもGPAIモデルに該当しない場合や、満たさなくても該当する場合がある
- 既存のGPAIモデルを改変(ファインチューニング等)した事業者が新たな提供者として扱われるかについては、改変に用いた学習計算量が元モデルの学習計算量の3分の1を超えることが一つの目安とされる
いずれもガイドライン上の目安であって法定の要件ではなく、最終的には個別の判断となります。もっとも後者は、基盤モデルを調達して自社向けに調整する事業者にとって、自社が提供者の義務を負うかどうかを検討する際の出発点となる整理です。
学習データ要約テンプレート
7月24日には、第53条第1項(d)の学習データ要約に用いるテンプレートと説明文書が公表されました。前記事の時点(2025年1月)では最終ドラフトの提出が2025年2月末に予定されているという段階でしたが、約半年を経て確定版が示されたことになります。テンプレートは、学習に用いたコンテンツをデータ源ごとに整理し、公開・非公開のデータセットやウェブ上から収集したコンテンツなどについて所定の情報を記載する構成です。公表する情報の共通の最低基準を設けつつ、データ源に応じて開示の粒度を調整することで、透明性の確保と営業秘密等の保護とのバランスが図られています。
日本企業への影響
EU AI Actには域外適用があり、EU市場にGPAIモデルを投入する提供者には、拠点の所在地を問わず適用されます。日本企業の多くにとって、まず問題となるのは既存モデルを利用者として利用・組み込む場面ですが、他社の基盤モデルを大規模にファインチューニングしてEU域内で提供する場合には、前述の3分の1の目安により提供者として扱われる可能性があります。自社の関与形態がどの立場に当たるかの整理が、対応の出発点となります。
また、EU域外の提供者がEU市場にGPAIモデルを投入する場合には、投入に先立ち、EU域内に認定代理人(authorised representative)を選任することが原則として求められます(第54条)。一定の要件を満たすフリーかつオープンソースのモデルには例外がありますが、システミックリスクを伴うモデルには例外は及びません。
なお、国内でも2025年5月にAI政策を総合的に扱う初めての法律が成立していますが(AI推進法の成立)、同法は活用事業者に国等の施策への協力義務を定める一方、個々のAIシステムに対する詳細な行為規制や制裁金の仕組みを持たない、基本計画や指針等を中心とする推進法的な枠組みです。この点で、法的義務と制裁金を伴うEU AI Actとは規律の性格が大きく異なります。EU域内でAI関連サービスを展開する企業は、国内のガイドライン対応とは別に、EU側の義務への対応状況を確認しておく必要があります。
ロジットパートナーズ法律会計事務所のサービス
当事務所では、AIガバナンス構築において、AI活用に関する基本方針の策定、リスクの識別・評価と対応方針の検討、利用規程・手順書の作成、運用面の担保までに対応しています。EU AI Actをはじめとする海外の規制動向を踏まえ、自社の事業がどの立場(提供者・利用者)に当たるかの整理や、社内規程への反映も、あわせて扱います(規程・ポリシー整備)。
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