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東京地方裁判所は2026年9月30日、声優が動画投稿サイトの運営会社に投稿の削除を求めた訴訟の判決で、一般論として、人の声もパブリシティ権による保護の対象になるとの判断を示しました。法務省は10月22日、8月に公表した「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会取りまとめ報告書―生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針―」に、この判決の内容を追記した第1.1版を公表しています。
報告書は、民法709条の不法行為、判例法理、不正競争防止法の解釈を、生成AIによる無断利用の想定事例に当てはめて整理したもので、生成AIを開発・提供・利用する事業者による活用も想定されています。合成音声や生成画像を広告・動画・自社サービスに使う企業にとっては、他人の声や肖像の無断利用に当たる範囲と、自社が負う注意義務を確認する材料になります。
参考記事: 生成AIの著作権リスクと社内規程の設計(2025年9月16日)
東京地裁判決の内容
原告は声優で、動画投稿サイト「TikTok」に2024年7月から2025年9月までに投稿された188件の動画について、雑学のナレーションの声が自分の声に類似しているとして、不正競争防止法3条またはパブリシティ権に基づき、運営会社に削除を求めました。投稿者は外部サイトで、原告の声ではなく声まねの上手い友人の声をAIに学習させたものだと説明していましたが、動画のコメント欄には原告の声に似ているとの投稿が並んでいました。
裁判所は、人の声も肖像と同様に個人の人格の象徴であるとしました。そのうえで、ピンク・レディー事件の最高裁判決(最判平成24年2月2日)と同じ基準で声のパブリシティ権侵害を判断する考え方を示しました。
人の声は、人の肖像と同様に個人の人格の象徴であるということができるところ、例えば実演家の声等を無断で使用する行為は、その声が商品の販売等を促進する顧客吸引力を有するといえる場合であって、その声を使用する行為が専らその声の有する顧客吸引力の利用を目的とするものといえるときは、パブリシティ権の侵害に当たると解するのが相当であるといえる。
出典: 東京地判令和8年9月30日(令和7年(ワ)第70635号)
もっとも、請求は棄却されています。投稿者が2026年5月29日にアカウントを削除し、30日以内に復旧を申請しなかったため、動画のデータは運営会社のサーバから削除済みと認定されたからです。そのため、本件の音声が原告の声に当たるか、不正競争に当たるか、運営会社が削除義務を負う立場にあるかは判断されていません。報告書の追補も、この判示を「傍論ではあるが」と紹介しています。
声を保護する2つの権利
報告書は、ピンク・レディー事件の最高裁判決が保護の対象とした「氏名、肖像等」の「等」に声が含まれるとし、声の商業的価値と精神的価値を別の権利で保護する整理をとっています。
| 項目 | パブリシティ権 | 声をみだりに利用されない権利 |
|---|---|---|
| 保護するもの | 顧客吸引力(商業的価値) | 人格的利益(精神的価値) |
| 保護される人 | 声に顧客吸引力がある人 | 一般人を含む |
| 主な救済 | 使用料相当額の賠償、差止め | 慰謝料、一定の場合の差止め |
後者の侵害は、肖像権と同じく、本人の社会的地位・活動内容、利用の目的・態様・必要性などを総合考慮し、社会生活上受忍の限度を超えるかで判断します。報告書によれば、収益目的がないことは侵害を否定する理由になりません。本人の知らない間に声が加工され、歌ったことのない歌を歌う音声が拡散するような場合には、侵害となる可能性があります。
声のパブリシティ権侵害の判断基準
生成AIで作った声は、本人の声と完全に同一ではなく類似にとどまるのが通常です。報告書によれば、本人の声の使用に当たるかは、声の類似性の程度に加え、タイトルや説明文など本人の声を想起させる情報を総合し、聞き手が本人の声と識別できるかで判断します。声紋鑑定などの科学的分析は、考慮要素の一つにとどまります。「AI歌手X」のように本人の名前を出す表示は、本人の声の使用を認める方向に働きます。
そのうえで、声の使用が専ら顧客吸引力の利用を目的とするといえるかを判断します。最高裁判決はその典型として次の3類型を挙げており、3類型に当たらなくても、これに準ずる場合は「など」として侵害となりえます。
| 類型 | 内容 | 声の場合の例 |
|---|---|---|
| 第1類型 | 声そのものを鑑賞の対象とする | ボイスメッセージ、ボイススタンプ |
| 第2類型 | 商品の差別化に使う | 有名人の声の目覚まし時計 |
| 第3類型 | 広告に使う | 広告のナレーション、なりすまし広告 |
オーディオブック、AIカバー、ナレーション、カーナビゲーション、スマートスピーカーは、第2類型とする見解と、第1類型または最高裁判決の「など」(3類型に準ずるもの)とする見解に分かれますが、いずれの立場でも侵害かどうかの結論に大きな差はないとされています。物まねや声まねは、通常は芸をする者自身を示して行われるため侵害に当たらない一方、本人を示すものと誤解されるような使い方をすれば侵害の余地があります。
広告に生成AIを使う企業の注意義務
経済産業省の「AI利活用における民事責任の解釈適用に関する手引き[第1.0版]」(令和8年4月)は、アパレル会社が生成AIで作った人物画像をWeb広告に使う想定事例を検討しています。生成画像は全国的に知名度のあるタレントに酷似していたものの、担当者は類似に気づかず、プロンプトに固有名詞も入力していなかったという設定です。画像の事例ですが、報告書は声の判断も肖像と基本的に同じ枠組みによるとしており、合成音声を広告に使う場面にも同じ考え方が当てはまると考えられます。
手引きは、全国的に著名なタレントに酷似する画像をメインの広告に使ったこの事例を第3類型に当たると評価し、担当者に侵害の意図がなくても、客観的には専ら顧客吸引力の利用を目的とすると評価される可能性が高いとしています。一般向けの広告を作る事業者は相当の注意をもって調査・確認する義務を負うため、簡易な確認で利用を避けられた以上、過失も認められる可能性が高いとされます。他方、一部地域でのみ知られるタレントに偶然似た場合のように、相当の注意を払っても侵害の予見が困難だったときは、過失が否定される余地があります。
生成AIを提供する事業者の責任
報告書の補論は、利用者の投稿を一つずつ追及するだけでは限界があるとの意見を受けて、生成AIの提供、学習用データセットの販売、学習の3つの段階について責任を検討しています。どの段階でも、特定の人物の肖像や声を再現することを目的とし、あるいは売りにしているかが、責任を分ける要素になっています。
| 段階 | 原則 | 責任が問題となる場合 |
|---|---|---|
| 生成AIの提供 | 3類型に直接は当たらない | 著名人の再現を売りに有償提供するなど、提供自体が専ら顧客吸引力の利用目的と評価される場合 |
| データセット販売 | 一般論としては3類型に当たるとはいいがたい | 特定の人物に特化する場合や、その収録を明示・宣伝して販売する場合 |
| 学習 | 侵害に当たるか検討会でも意見が一致せず | 特定の人物の出力が目的なら侵害予防請求の余地 |
提供者は、利用者の侵害に寄与したと評価されれば、共同不法行為として連帯して賠償責任を負う可能性もあります。その判断では侵害の蓋然性や重大性、事業者が侵害の発生を認識できたかが考慮され、プロンプトから有名人の固有名詞を取り除くフィルタリングなど侵害の可能性を低減する措置を講じていれば、提供時点で侵害の蓋然性があるとは直ちにいえないと評価される可能性が高いとされています。
企業の実務対応
報告書と手引きは、企業が取るべき具体的な手順までは定めていません。以上の整理を踏まえると、合成音声や生成画像を使う企業では、生成と公開、声や肖像の提供を受ける契約、生成機能の提供の各場面で、次のような対応が考えられます。
手引きの想定事例では、プロンプトに実在の著名人の氏名を入力しないよう管理していたことが、過失を否定する事情の例に挙げられています。そのため、広告や販促物に使う場合には、実名や「〜風」の入力で特定の人物に似せる指示をしないよう運用で管理し、公開前に著名人と似ていないかを確認する手順を設けることが考えられます。「AI○○」のように本人の名前を出す表示は本人の声の使用を認める方向に働きますが、名前を出さなくても、生成した声が本人の声と識別されれば侵害となりうる点にも注意が必要です。
社員や取引先の担当者など一般人の声も、声をみだりに利用されない権利で保護されます。合成音声の素材として使う場合には、本人の同意を得たうえで、用途と期間を書面で定めることが、後の紛争を避けるうえで有用です。タレントや声優との契約では、パブリシティ権の譲渡が有効かについて見解が分かれているため、譲渡ではなく利用許諾として構成し、声の合成や学習を許諾の範囲に含めるかを明記することが考えられます。
音声や画像の生成機能を提供する事業者にとっては、著名人の再現を売りにしないことが前提になります。そのうえで、フィルタリングなど侵害の可能性を下げる措置を講じ、その内容を記録に残しておけば、共同不法行為の判断において侵害の蓋然性を否定する材料になりえます。
ロジットパートナーズ法律会計事務所のサービス
当事務所では、AIガバナンス構築において、生成AIの利用状況の把握とリスク評価、利用規程と生成物の確認手順の整備、役員研修に対応しています。広告や販促物で生成AIを使うときのルール(実名を入力しないこと、公開前に実在の人物と似ていないかを確かめること)も、利用規程の一部として定めます。生成AIの利用規程を一式で約2か月かけて整える定型のサービスも用意しています(生成AI利用ガバナンスパック)。
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